内容説明
1940年、東京オリンピックは幻と消えた。失意の日々、肌の温みを求める女たちを捨て、雨哲は故郷を去り、一方、娘たちを夢中にする美しい容貌と、兄譲りの健脚に恵まれた弟・雨根は、いつしか左翼運動に深く傾倒した…小説家柳美里が、国・言葉・肉親、すべてを奪われた無名の人々の声に耳をすまし、自身の生につらなる日本と朝鮮半島の百年の歴史を、実存の全てを注ぎ描きあげた傑作。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
ヴェネツィア
353
下巻では、結構な分量にわたって従軍慰安婦が語られる。博多の軍服工場で働いて、釜山高女に通うことを夢見ていた金英姫は騙されて武漢の慰安所に連れてこられる。彼女はまだ13歳だった。それから光復までの2年間は、まさに地獄の日々だった。光復後、彼女はかろうじて大連にたどり着き、引き上げ船で釜山に帰ることができた。船が釜山を目前にした時、彼女は海に身を投げた。彼女があの地獄の中で、たった一つ守り通せたのは自分の本名、金英姫だけだった。彼女が自ら命を捨てたのは、慰安所でではなく、解放されてからである。そして、そこに⇒2020/08/17
たまご
16
途中数か月の中断をはさんだのですが,いつもどこかにこの作品のことがあった.好き嫌いで片付けてはいけない作品です.日本人としてかなりつらい部分がありましたが,その後の朝鮮内の対立もみると,民族とは,人間とは,なんだろうと考えさせられます.霊魂を宥める儀式が比較的日常に今もあるのか,都会のイメージの裏に流れるアニミズム的なところが日本も近しいかも,と思いました.あと,オノマトペもたくさんあるんですね.2024/12/08
Masakazu Fujino
10
とても素晴らしく美しい小説。在日朝鮮人(韓国人)の柳美里さんでなければ書けなかった小説であり、日本小説界の宝です。とても演劇的な小説です。2024/01/18
k&j
10
初めてちゃんと読んだ柳美里さん作品。最初に手を出すにはちょっと強すぎるものを選んでしまったかもしれない。まず長い、日本語と朝鮮語が地の文とルビとで交互に入れ替わったりする文体は決して読みやすくもない、何よりも内容が重すぎる・・。上巻はまだ朝鮮の美しい情景描写などもあって救われるのだけど、下巻は従軍慰安婦や保導連盟事件のエグい描写が続いて読むのが辛かった。ラストでそこまでの悲惨さが昇華されるかのように終わったことが一応救いだった。最後まで読んで良かった。2021/09/07
さんつきくん
9
1940年の東京オリンピックは中止に。オリンピック出場をも狙えた主人公・李雨哲は失意の淵に。年齢的に次のオリンピックには出られないが、その思いを弟の雨根に託すことに。雨根もまたオリンピックを狙える選手だった。軍靴の音が響き、終戦。韓国は植民地支配から脱するが、やがて南北がいがみ合う朝鮮戦争へと突き進む。左翼活動をしていた雨根は殺されてしまう。主人公・雨哲よりも周りの人物達の描写が印象に残る作品でした。騙されて従軍慰安婦になった密陽の少女の話しは、読んでて辛かった。そして、雨哲は日本へ渡る。そして、晩年へ。2018/03/01