内容説明
城代家老の“御意討ち”を命じられた新八郎は、直に不正を糺すが、逆に率直な説明を受け、初めて真実を知る。世間の風聞などは信を置くに足らぬと説いた著者の人間観が現れる「宗近新八郎」。藩の“家宝”が象徴する武家の権威を否定して“人間第一主義”を強調する「浪人走馬灯」。生命を賭けるに値する真の“堪忍”とは何かを問う「ならぬ堪忍」など戦前の短編全13作を収める。
1 ~ 1件/全1件
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
じいじ
92
すべての作品とはいかないが、とても清々しい気持ちで読了しました。とりわけ表題作が良かった。少年剣士同士が決めた”命をかけた果し合い”を戒める、上役武士が素晴らしい…「武士たるもの、御奉行のほかに〈ならぬ堪忍〉などはない。勝っても負けても、命を落とす果し合いはつまらぬことだ。まかりならぬ…」とたしなめる。たった5頁の掌篇なれど、武士の心得―魂がぎっしり詰められた傑作だと思います。今作に収載の13篇は、山本周五郎が名をなす前の旧作とのことだが、もう一度読み返したいお気に入りの短篇集でした。2022/10/10
藤月はな(灯れ松明の火)
84
2篇を除いて義理と人情に溢れた爽やかな滋味のある短編集。しかし、初めの「白魚橋の仇討」は部外者からやいのやいの言われた末の悲劇と余りにも割り切れない評価に、ある意味、無責任で過剰な正義を振りかざしがちなSNSやその影響による風評被害などを重ねてしまい、苦さを感じてしまう。個人的に「悪伝七」と「五十三右衛門」という自分の信念と感じた違和感を見逃さずに確認を取る中道性のある男たちが好き。特に「悪伝七」の忠太郎の言葉は歯切れがよく、思わず、声に出して読んでしまう程でした^^友人思いの忠公、あんたも良い男だよ。2018/05/17
nakanaka
79
13編から成る短編集。「五十三右衛門」と「宗近新八郎」は御意討ちがあるもののターゲットとの会話で真の悪を知り翻意するというストーリー(五十三右衛門の場合、正確には御意ではないが)。個人的には好みだった。また、美男子・秋津男之介が次々に道場破りと見せかけ上手く取り入る詐欺を働いていく「津山の鬼吹雪」も面白かった。この短編集最後の「鴉片のパイプ」は時代小説では無いという点と、ミステリアスな展開である点が他の作品とは一線を画し印象に残った。2020/03/14
びす男
79
短編集のなかでも一番短い話が表題作。時代小説だからといって、剣が強いとかいうだけの話ではなく、人間関係を上手に扱っている。「津山の鬼吹雪」「悪伝七」が特に気に入った。とくに後者は、剣の腕こそ冴えないが、生一本の心で強敵に立ち向かう話だ。野心家の美男子が負けるのは珍しいパターンで、喝采をあげたくなった。2017/04/01
タツ フカガワ
61
昭和3年~20年の武家物短編集全13編(1編は現代物)。奸臣と言われる城代家老の誅殺を依頼された男が、その悪評判に疑問を覚え、真逆の行動をとる「宗近新八郎」のなかでの“武士の忠、不忠は世の批判のほかにあり”の一文が印象に残った。本書には同様のテーマの「五十三右衛門」や「米の武士道」もあるが、後の賄賂政治の田沼意次を政治改革者として見る『栄花物語』や、伊達騒動の首魁と言われる原田甲斐を、藩取り潰しから身を挺して守った忠臣として描く『樅ノ木は残った』は、このあたりから始まる周五郎視点かも、と思った再読でした。2025/05/24