内容説明
「人はなぜ追憶を語るのだろうか。どの民族にも神話があるように、どの個人にも心の神話があるものだ」昆虫採集に興ずる少年の心をふとよぎる幼い日に去った母親のイメージ、美しい少女に寄せる思慕…過去の希望と不安が、敗戦前後の高校生の胸に甦る。過去を見つめ、隠された幼児期の記憶を求めて深層意識の中に溯っていく。これは「心の神話」であり、魂のフィクションである。
著者等紹介
北杜夫[キタモリオ]
1927‐2011。東京青山生れ。旧制松本高校を経て、東北大学医学部を卒業。1960(昭和35)年、半年間の船医としての体験をもとに『どくとるマンボウ航海記』を刊行。同年、『夜と霧の隅で』で芥川賞を受賞。その後、『楡家の人びと』(毎日出版文化賞)、『輝ける碧き空の下で』(日本文学大賞)などの小説を発表する一方、ユーモアあふれるエッセイでも活躍した(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。
1 ~ 1件/全1件
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
Gotoran
51
昭和初期、幼い少年の記憶に始まり敗戦前後の高校生の追憶を中心に記憶を巡る物語が描き出されていく。淡々と描かれる現実と非現実の世界。幻想としての死の美しさ、暗闇の中でそっと思いを潜める若い魂の揺らぎ・震え、自然に対する息苦しいぐらいの情熱と恍惚。幼い頃のことを幼い心が感じたままに独特の透明感のある美しい文章で綴られた北杜夫の処女作。ユーモラスな語り口、昆虫の描写に北杜夫らしさが垣間見られた。興味深く、面白く読むことができた。2021/08/07
やっち@カープ女子
51
何て叙情的で透明感のあるきれいな文章なんでしょう!北杜夫自身の幼年期の体験を「心の神話」と表現して語られているが、深層心理の奥深さを感じることが出来る。現実を忘れてずっとこの文章に浸っていたい感じだった。2014/12/16
北風
42
北杜夫の代表作の一つですが、感傷度と透明度が純度100%の内容です。主人公の純粋培養されたお坊ちゃんの甘えのようものが伝わってきますね。読むというよりは世界に浸かるといった感じでしょうか。ただその世界が退屈に感じる人も必ずいると思いますので、人に薦めるべきか薦めないべきか、悩む本です。2015/06/17
長谷川透
28
己に纏わりついて離れぬもの、気配はそばにあるが常には目に見えぬもの、名付け得ぬ何者かを一先ず幽霊と呼ぶのだろう。纏わりつくのは記憶。それを明確にしようと追憶を重ねる。過去を振り返るのは母の喪失ゆえ。加えて主人公は父を亡くし、多感な時期に敗戦という喪失さえも経験している。己の中で失われた物の埋め合わせや再生を図るのではなく、幼虫が蛹に至る過程で頑丈な殻を得るように、幽霊という名の追憶を忌むのではなく、寧ろ求めて、少年はやがて大人へと成長する。幼虫の柔らかで弱き体への己の多感な精神の投影は痛々しくも胸を打つ。2013/12/13
F
25
北杜夫の処女作にあたる作品。1951年、23歳の時から翌年にかけて「文芸首都」に連載し、1954年に自費出版したもの。「人はなぜ追憶を語るのだろうか。どの民族にも神話があるように、どの個人にも心の神話があるものだ」という序文から心を掴まれる。或る青年の心に浮かび上がる幼年期の思い出を綴った物語で、父の書斎、母の部屋の鏡、蝶や蛾の鱗翅の美しさ、自然や死への畏怖と憧れといったモチーフを淡麗に描き出している。文学の美しさを再認識した一冊だ。作者の死を悼む。2011/11/08