内容説明
長崎の商家へ奉公に出てきた浦上の農家の娘キク。活発で切れながの眼の美しい少女が想いを寄せた清吉は、信仰を禁じられていた基督教の信者だった…。激動の嵐が吹きあれる幕末から明治の長崎を舞台に、切支丹弾圧の史実にそいながら、信仰のために流刑になった若者にひたむきな想いを寄せる女の短くも清らかな一生を描き、キリスト教と日本の風土とのかかわりを鋭く追求する。
著者等紹介
遠藤周作[エンドウシュウサク]
1923‐1996。東京生れ。幼年期を旧満州大連で過ごし、神戸に帰国後、11歳でカトリックの洗礼を受ける。慶応大学仏文科卒。フランス留学を経て、1955(昭和30)年「白い人」で芥川賞を受賞。一貫して日本の精神風土とキリスト教の問題を追究する一方、ユーモア作品、歴史小説も多数ある。’95(平成7)年、文化勲章受章(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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遥かなる想い
137
愛する人のために、役人に体を奪われたあげく、遊郭に身を落としながら仕送りをする、キクの人生は思わず涙なしでは読めなかった。舞台は長崎でここでも隠れキリスト信者を登場させ、物語に緊迫感を与えている。歴史の裏でおこなわれていたであろう様々な迫害を、キクという女の人生・悲恋を描くことで現代に伝えてくれる。
優希
116
切支丹弾圧の歴史に沿った恋愛と信仰を描いているのが心に刺さりました。キクの清吉への想いが切なかったです。彼女の心の叫びが聖母マリアへと悪態のように響くのが、キクの中にある恋心の全てだったのかもしれません。イエスの寄り添う姿は勿論のこと、マリア信仰が色濃く出ている作品だと思います。最後にマリア像の前に倒れこむキクの姿が印象に残りました。2017/07/13
夜間飛行
64
「神さまは本藤さまよりあなたの方を愛しておられる」というプチジャンの言葉が忘れられない。出世の道を駆け上る本藤より、罪にまみれた伊藤に神はひかれるというのだ。一方、伊藤に犯されながら清吉への愛を貫いたキクには、聖母の「あなたは少しも汚れていません」という声が聞こえてくる。作中人物ならずとも「神はなぜ人に苦しみをお与えになるのか」と問いたくなるが、周作先生はそれには直接答えず、神の愛がいかに伝わるかを丁寧に描いている。そして最後は、伝道に生きたプチジャンによって、憐れな男の心に一輪の花が咲いたように思える。2013/07/21
雪月花
55
『沈黙』は17世紀の切支丹弾圧を描いた小説だったが、本作は幕末の長崎での『浦上四番崩れ』という切支丹迫害事件の史実を元に書かれたもので、非常に辛い読書となった。特に浦上の地を追われ津和野に流罪となった切支丹たちに対する拷問は凄絶すぎて苦しくなった。切支丹の清吉を愛してしまい、自分の体を売って命を犠牲にしてまでもお金を作って津和野で拷問を受ける清吉を救おうとしたキクに、神の無償の愛に通じるものを見た。そのキクを利用して金を搾取する伊藤清左衛門の狡猾さと葛藤、本藤舜太郎への嫉妬心にまた人間の弱さと本質を見る→2021/04/29
aika
52
勝ち気な少女キクのひたむきで不器用な無償の愛が、長崎弁を通して切々と身と心に刻まれました。幕末から明治維新にかけて禁制だった切支丹の信仰を、どんなに非道な拷問を受けても決して捨てなかった青年・清吉。彼が受ける地獄の苦しみを、自分が身を堕としてでも取り除いてあげたい。ただそのために生きるキクの人生は、祈りそのもののようでした。そんなキクに思いを寄せながら、彼女を辱しめ、騙し、切支丹たちに卑劣な拷問を行う下級役人・伊藤。清吉を愛し続けたキクという女の一生の陰にあったのは、伊藤という不幸な男の一生でした。2020/11/11