出版社内容情報
複雑に屈折した生き方を強いられた隠れ切支丹の姿に、自己の内なる投影を見た作者の魂の表白である表題作など全8編。――裏切り者や背教者、弱者や罪人にも救いはあるか? というテーマを追求する作者が、裁き罰する父なる神に対して、優しく許す“母なるもの”を宗教の中に求める日本人の精神の志向を、自身の母性への憧憬、信仰の軌跡と重ねあわせて、見事に結晶させた作品集。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
優希
96
周作先生の信仰者としての軌跡が母と見事に重なった作品だと思います。母とは聖母マリアの象徴であり、短編集のテーマとして弱く罪人である全ての人々に救いがあるかということが貫かれていました。神が裁く父だとするのに対し、罪を許す存在としての「母なるもの」をキリスト教の中に見出しているように感じました。カトリックの作家としていかに信仰を作品の中に投影してきたかが伺えます。思想をそのまま小説にしたような空気さえ漂っているようでした。信仰とは何を求めるのか、そんな問いを投げかけられたような気もします。2016/09/12
ピチャ
26
作者の体験とキリスト教徒との関わりをまとめた作品集。 「小さな町にて」は、かくれ切支丹と母なる神への信仰をまとめた作品。 先祖代々キリスト教が伝わるうち、日本に存在するかくれ切支丹たちの信仰には、教会のものとかけ離れた内容も混じっていた。宣教師たちは正しいキリスト教に再改宗させ始める。では、正しいキリスト教とは何だろうか。作者は、現代(昭和時代)の教会がキリスト教の教会としてふさわしくない建物だとしている。日本人にとって、宗教の正しさは規律ではなく、人それぞれが信じるものではないか。2020/03/29
501
17
8編の短編集。転びを主題としている。出版時期から著者の中盤にあたり、本作前後の大作の脈絡にある作品集。特に表題作の「母なるもの」と「学生」がよかった。最後の一文まで人間のと哀しみが染み渡っている。2017/04/22
koushi
12
遠藤先生は心に小さな傷を必ず一つ残してくれる。それは良心の呵責という大袈裟なものでなく小さな罪悪感のような信仰の有無を問わない誰もが持ち得る傷であると思います。母なるものはそういった救いや許しを受け入れる対象、それ以上に全てを抱擁してくれるものとして人それぞれに存在していると思います。然しながら、信仰としての母なるものとは所謂「主」の存在と同じではないと言われているような気がします。そしてその存在を同じくすることこそが日本人特有の宗教観であってそれは本来の信仰とは決定的に異なるものであるのかもしれません。2014/10/07
kana
9
キリスト教絡みの話を集めた短編集。メインの『母なるもの』よりも『学生』が印象に残った。留学へ行く船で一緒になった4人の関りがなんとなくリアル。信仰を無くしキリスト教から身を引いた杉野は気持ちの良い人間だと思うし、田島のようにストイックな友人がいれば誇りに思うだろう。粕谷を嫌いながらもフランス語ができる彼に皆くっついて回るところはコミカルで面白かった。しかし、主人公が粕谷に踏み込んだことを聞かれてぞっとする場面にふと胸が痛んだ。粕谷は腹を割って話せる友達が欲しかったのではないかと。2022/08/27