出版社内容情報
不倫小説の極致。昼ドラ顔負けドロドロ夫婦劇! 叫びたくなる、衝撃のラスト。
貞淑で、古風で、武蔵野の精のようなやさしい魂を持った人妻道子と、ビルマから復員してきた従弟の勉との間に芽生えた悲劇的な愛。――欅や樫の樹の多い静かなたたずまいの武蔵野を舞台に、姦通・虚栄・欲望などをめぐる錯綜した心理模様を描く。スタンダールやラディゲなどに学んだフランス心理小説の手法を、日本の文学風土のなかで試みた、著者の初期代表作のひとつである。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
新地学@児童書病発動中
111
人妻道子と戦争帰りの従弟の勉との間に芽生えた愛を、武蔵野を舞台に描く長編。このように書くと何やら昼メロめくが、実際のところは昼メロから程遠い内容であり、男女間の恋愛の心理が突き放した視点で描かれる。男女のエゴとエゴのぶつかり合いを外科医のようなメスさばきで、たくみに解剖しているのはスリリングだが、そこまで意地悪く書くことはないのにと思うこともあった(苦笑)。人間たちは醜いが、武蔵野の自然は叙情的に美しく描かれており、名作『野火』との共通点を感じた。2014/03/14
じいじ
88
初めて読む大岡昇平。代表作「野火」が読みたかったが、予行演習を兼ねて今作を読んでみた。いまも豊かな自然を残す武蔵野を舞台にした、人妻・道子と学徒出陣した戦場から帰ってきた青年との不倫の恋物語である。「夫は妻を愛撫する際、彼女の耳を噛む癖があった…」など、表現される濡場シーンは官能的ではあるが、奇抜さこそあれ決して淫靡さを感じさせない。男女の恋には、時代の古い新しいは関係ありません。じっくり腰を据えて読み返したい小説でした。2022/08/07
佐島楓
69
フェミニズムの視点から見ると怒りだすひと多数な感じの物語だった。時代に対する批評や風刺のきいた小説だと思えば優れているし、おんなごころもよく捉えられているとは思うけれど、最後の展開が酷すぎる。でもこれが戦後直後の大多数の女性の在り方だったのだろう。2018/01/17
冬見
24
貞淑で古風な武蔵野の人妻道子と、ビルマから復員してきた従弟の勉との間に芽生えた悲劇的な愛。道子の従兄大野とその妻富子、道子の夫秋山らの虚栄、姦通、欲望とが絡み合い、悲劇は加速する。◆大岡昇平の作品は本作が初めて。貞淑は罪なりや。恋は罪なりや。欲望は罪なりや。「彼女は不意に自分の周囲が、それぞれ役割を務めている人たちばかりで、充たされていると感じた。」という描写が、道子という人間をそのまま映しているようで切ない。全てが少しずつ取り返しのつかない方向へ進んで行くのを読者はただ呆然と見つめるしかない。2020/05/25
ソングライン
20
真に恋する者が、夫以外の男性であったら、ひとは全てを投げだしその恋に溺れることで幸せになれるのか。武蔵野の地でフランス文学者の夫秋山と暮らす道子、近隣に住む従兄の妻富子、そこに大学生の従弟勉が復員してきます。スタンダールを研究する秋山は姦通罪の撤廃を機に富子との姦通を望み、道子は次第に勉に惹かれていきます。古風で貞淑感の強い道子は己の欲望を抑えますが、勉はその純真を信ずることができず、ある悲劇が起きてしまいます。欲望のために生きる醜さと人のために生きることの美しさと悲しさ、人間の性とは切ないものなのです。2021/07/21