内容説明
勤め先の社長夫人の仲立ちで現在の妻お延と結婚し、平凡な毎日を送る津田には、お延と知り合う前に将来を誓い合った清子という女性がいた。ある日突然津田を捨て、自分の友人に嫁いでいった清子が、一人温泉場に滞在していることを知った津田は、秘かに彼女の元へと向かった…。濃密な人間ドラマの中にエゴイズムのゆくすえを描いて、日本近代小説の最高峰となった漱石未完の絶筆。
著者等紹介
夏目漱石[ナツメソウセキ]
1867‐1916。1867(慶応3)年、江戸牛込馬場下(現在の新宿区喜久井町)に生れる。帝国大学英文科卒。松山中学、五高等で英語を教え、英国に留学した。留学中は極度の神経症に悩まされたという。帰国後、一高、東大で教鞭をとる。1905(明治38)年、『吾輩は猫である』を発表し大評判となる。翌年には『坊っちゃん』『草枕』など次々と話題作を発表。’07年、東大を辞し、新聞社に入社して創作に専念。日本文学史に輝く数々の傑作を著した(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
優希
151
漱石未完の絶筆ですが、文学として完成されていると思います。濃密な人間関係と心理描写がドロドロとしています。明暗という言葉通り、他者と自分の関係性で成り立っているドラマ性を感じました。自分の正直な感情が剥き出しになる中で、津田だけが心を閉ざしているところにこの物語の哀しみが象徴されているのではないでしょうか。ここぞとまでにさらけだされたエゴイズム。完成されていたらどのような作品に仕上がっていたのか興味深いところです。2015/09/09
ケイ
134
「こころ」では、結婚する女性の心が全く取り沙汰されていないように思ったのだが、こちらでは女性が主張する。妻は、夫の友人ともやり合う。夫と言えば、「それから」の代助を彷彿させるような金銭に関しての考え方をしている。小林のせいかもしれない。ドストエフスキー視点が入る。視点が妻にいったり夫にいったりするので、2人の心持ちが分かってくるから、妻に肩入れしてしまう。漱石は、結婚できなかった想い人がいて、一緒になっていた場合に起こる破綻を常に描いていたのかと思ったりもした。未完。2023/06/21
のっち♬
134
結婚半年のギクシャクした夫婦を中心にエゴが渦巻く人間劇。相互に密接に規制し合い、金力や自尊心の浮上で関係が益々粘つき、時間感覚が麻痺する緊密な心理小説。視点は知識層でも固定的でもない。平凡な家族内で他人的な相手からの軽蔑を恐れる余り至純至精と自責の間で痙攣しいざ発露すればつけ込まれる切迫感、小林に代表されるドストエフスキー的な饒舌な熱弁やポリフォニー、位地の急転など人間の実存や一寸先未来の不安定さを追究した濃密なリアリティは新境地を感じる。何処までいっても片付かない自由と人間の因果応報、未完自体が象徴的。2023/05/28
ゴンゾウ@新潮部
116
漱石の未完の遺作を読了した。あまりのぶ厚さに読むことを躊躇していたが読み出したら小説の世界に引き込まれた。別れた女性を忘れられずに別な女と結婚してしまった津田。夫の過去に疑問を持つ賢い新妻延子。新婚の夫婦のわがままに振り回される親類達。彼らの駆け引きがまどろこしくて滑稽だ。やっとクライマックスに動き出したのに絶筆とは。とても残念だ。2017/02/26
(C17H26O4)
93
未完。他者との関係性から人物が立ち上がってくる。利己主義的な会話は常に駆け引きであり、緊張感を孕んでいる。気になるのはやはり津田。彼が見下している小林の言葉が津田の今後を予感させる。津田はかつての恋人清子との計略的な再会に思いのほか心を乱されたことを発端にして、自己の内部に向き合うことになっていくのか。小林の矛盾する態度も気になる。津田に対しての攻撃的な言葉から一転しての感謝の涙。人対人の明暗、人物個々の内部の明暗は一部であり、金や愛情などのテーマと重層的に絡み合って全体の明暗へとつながっていく気配。 2021/09/11