出版社内容情報
人に勧められて飼い始めた可憐な文鳥が家人のちょっとした不注意からあっけなく死んでしまうまでを淡々とした筆致で描き、著者の孤独な心持をにじませた名作『文鳥』、意識の内部に深くわだかまる恐怖・不安・虚無などの感情を正面から凝視し、〈裏切られた期待〉〈人間的意志の無力感〉を無気味な雰囲気を漂わせつつ描き出した『夢十夜』ほか、『思い出す事など』『永日小品』等全7編。
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感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
ヴェネツィア
554
今回は「文鳥」のみの感想。漱石41歳の作品である。この頃、漱石は『虞美人草』の執筆をはじめており(作中で執筆中の小説はこれかと思われる)、いよいよ職業作家になろうとしていた。作中には「赤い鳥」の鈴木三重吉や小宮豊隆も登場し、漱石の周囲に一種の文学サークルのようなものができつつあったことをもうかがわせる。そうした経緯で飼育することになった文鳥だが、漱石の文鳥に対する観察の細やかさとともに、文鳥の世話を怠り、挙句に死なせてしまったばかりか、その責任を転嫁する自分自身を見つめる冷徹な目がそこにはあるようだ。2017/01/10
まさにい
227
夢十夜を久しぶりに読もうと思ったのだが、小品の『思い出す事など』の方が今回は印象に残った。漱石が修善寺で、生死の境を彷徨った時の漱石自身が思い出す事を綴った随筆ともいうべきもの。血を吐いた時のこと、その後のことなどが素直な気持ちで書かれている。また、この『思い出す事など』は、33の小文から、成り立っているのだが、それぞれの小文の最後に漢詩か短歌がうたわれている。これが、枯れていていい味を出している。夢十夜よりこっちの方が印象に残るのは僕が齢を重ねたせいなのかなぁ。ちょっと寂しい秋の読書になった。2016/10/16
ehirano1
209
「夢十夜」について。おそらく漱石の日頃の葛藤等(時代の変化による価値観、病気、等々でしょうか?)が無意識に溜め込まれ、それらが「夢」という形で顕在化したのではと仮定すると、当時の漱石が無意識の中に何を貯め込んでいたのかが推測できてとても興味深いです。一方で、これらを短編に仕上げる筆力は流石としか言いようがありませんでした。2025/02/23
Major
186
第十一夜:こんな夢を見た。雪の日だった。豊かな長い黒髪の女が突然亡くなった。釘打ちの鈍音が波紋のように幾重にも輪を描いて、鉛色の空へと響き染みていった。僕はようやく旅立てると思った。その日も小雪がちらついていた。雪はいつでも思い出を運ぶ。雪はその白さとともに、幾分かのロマンティック、センチメンタルやメランコリーをその身に纏いながら、物語にして地上に舞い降りてくるのだ。北へ北へと闇を駆け抜ける列車はその響きだけを残していく。故郷が、友が、そして青春時代が、進みゆく列車と共に離れ去っていく。。2020/05/11
ちくわ
181
【文鳥】ペットを飼うにはあまりに無責任な漱石に絶句する。自分のプロフィール画像は昔飼っていたハツカネズミで、ニックネームはその名前である。全く懐かなかったが、日々愛情を持って世話をした。無論一方的な愛情であり、ちくわがどう思っていたかは分からない。しかし平均寿命約2年に対して3年半と長生きした。野生で生きる事は非常に大変だ。その点ペットは無償で食料や水、安全な棲み処を与えられる。代わりに自由を失う。選択肢は無い。我々は選択肢を持てる事の倖せとその責任をもう少し自覚するべき存在だと本作は教えてくれたのかな?2024/05/13