出版社内容情報
働きもせず、親のお金で自由きままに暮らす代助。しかし、すでに人妻になった三千代と再会して、恋心を抱くが…。漱石文学後期の代表的名作。(解説/石原千秋 鑑賞/井上荒野)
内容説明
時は明治末。財産家の次男に生まれた代助は30歳になっても仕事に就かず、結婚もせず、父の金に徒食して暮らしていた。ある日、失職して上京した友人、平岡の来訪を受ける。彼の妻、三千代は、かつて代助とも因縁のある間柄だった。再び目の前に現れた三千代。それをきっかけに、停滞していた日々の歯車が思わぬ方向に少しずつ動きはじめる。『三四郎』に始まり『門』へと連なる、三部作の第二作。
著者等紹介
夏目漱石[ナツメソウセキ]
1867‐1916。江戸・牛込生まれ。生後すぐ里子に出される。東京帝国大学英文科卒業。1900年から3年、ロンドンに留学。05年『吾輩は猫である』を発表、好評を得る。近代知識人の内面を鋭く描いた小説群は、日本文学の大きな収穫とされる(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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まさむ♪ね
46
ああ、漱石先生、大好きだ。濃やかなこころの機微、濃密な暗示的モチーフ、心地良いリズムを刻む会話、そして、美しく濃く香る花、花、華。もう、全部好き。石原千秋さんによる解説もすごく参考になった。当時の家制度に関する記述は特に。次男は長男のスペアーだった!次男坊、なんだか可哀相。代助がのらくら生活してたのは、こういう事情もあったのね。そして、やっぱり気になる門野さん、あなたいったい何者ですか。2014/05/29
James Hayashi
38
新聞小説であるが文学であり簡単には読めない。時代背景や当時連載された朝日新聞の立ち位置など解説から浮き彫りにされる明治民法と家制度(姦通罪、家長に成る長男と次男、漱石も里子に出されるが夏目家への復籍など)。当時を考えれば、とてつもなく進歩的な話題かもしれない。30を前に仕事もなく人妻に恋心と、日露戦争と太平洋戦争の間であればこそ許された文学なのであろう。夏目文学は心して読まないと。。。2016/08/10
Moomin1994
38
必要最低限の登場人物を駆使し無駄な昂揚感を用いず仕上げられていることで、家制度、山の手等々、明治という時代の社会構成をありありと感じることができました。そもそもタイトルが最高です。さて週末は、「門」を携えながら文京区を練り歩いてみようかな…2015/11/05
かさお
25
心に響いた。明治末、働かず親のお金で、のらくら暮らす30男の代助。学があり弁は立つが口先ばかり。始めは代助の甘えに苛立った。でも漱石の文章がとても新鮮で時折りハッとする表現があるので、その魅力だけで、たいして意味が無さそうな代助の日々を追う。ところが後半から俄然面白くなる。やっと代助が自分の足で歩こうとするのだ。そして解説で私が思い描いた世界が反転し、代助に対する気持ちが好転する。個人よりも家制度が尊重される時代の次男とは格も飼い殺しなのか。背景を知ればこんなにも小説は面白いのか。愕然としてもう一度読んだ2025/06/08
テツ
19
客観的に考えれば己には特に何もない。自分は特別な人間ではない。代助は世の中を見下し社会参加する人々を親兄弟含めて冷笑するが、父や兄からの援助がなければ生きていけない放蕩息子の高等遊民だ。何もできないのに肥大化する自意識。自分への甘さと社会とそれに参加する人々へのコンプレックス。百年以上前に書かれた物なのに現代のある一定の層の若者たちにそのまま当て嵌まる内容だよなあ。代助は恋に落ち恋に翻弄され親兄弟から勘当され否応なく社会に投げ出されることとなった。彼の『それから』は果たしてどうなったのだろうか。2016/07/26