出版社内容情報
欧米のギャラリストが熱狂する日本陶芸。
それは、アヤシイ歴史のるつぼの中で育まれた。
何て言ったって皆コッピーさ──北大路魯山人
いまや「日本人だけが知らない現代アート」と世界で賞される日本陶芸は、実は昭和元年から現代アートであり続けてきた。
柳宗悦は「下手もの」に内なる美を見出し、
民藝派を批判する魯山人は古陶を「コッピー」し、
加藤唐九郎は「永仁の壺」というシミュラクルで人々を幻惑した。
さらに「前衛陶芸」「オブジェ焼き」「モダニズム陶芸」を経て、桃山以来の磁場をもつ「茶碗」をもポストモダン化するほどの、表現が渦巻き爆発するカオスが現出している。
フォルムの美を追究し日本・近代を内破する陶芸家たちの百年史。
[本書より]
陶芸は常にモダンアートであり、現代アートだった。この視点から出発することによって、多様性の名の下にカオスと化した陶芸史を交通整理して、すっきりと見通せる「近代日本陶芸史」を編む必要がある。
[本書の内容]
はじめに──陶芸は常にモダンアートであり、現代アートだった
第一章 はじまりとしての「下手もの」革命──リーチ、富本憲吉、柳宗悦
第二章 シミュレーショニズムとしての古典復興──北大路魯山人の「コッピー」
第三章 アヤシイニセモノの仮想世界(パラレル・ワールド)──近代陶芸としての「永仁の壺」
第四章 戦争と陶芸──モダニズムとナショナリズム
第五章 「ニセモノの制度化」と伝統のブランディング──荒川豊蔵《隨縁》神話の誕生
第六章 戦後陶芸の「退行」と「転倒」──岡部嶺男と八木一夫のメランコリアと処方箋
第七章 「モダニズム陶芸」と近代の超克──加守田章二と栗木達介
第八章 茶碗の居場所──近代陶芸の「外部」からポストモダンへ
第九章 現代陶芸の「ラディカリズム」とジェンダー
第十章 「空虚な日本」とアナクロニズムの現代陶芸史
あとがき──林康夫「浪江に捧ぐ」(二〇二四年)から
主要参考文献
図版一覧
人名索引
【目次】
内容説明
いまや「日本人だけが知らない現代アート」と世界で賞される日本陶芸は、実は昭和元年から現代アートであり続けてきた。柳宗悦は「下手もの」に用の美を見出し、民藝派を批判する魯山人は古陶を「コッピー」し、加藤唐九郎は「永仁の壺」というシミュラクルで人々を幻惑した。さらに「前衛陶芸」「オブジェ焼き」「モダニズム陶芸」を経て、桃山以来の磁場をもつ「茶碗」をもポストモダン化するほどの表現が渦巻き爆発するカオスが現出した。フォルムの美を追究し日本・近代を内破せんとする百年史。
目次
はじめに 陶芸は常にモダンアートであり、現代アートだった
第一章 はじまりとしての「下手もの」革命 リーチ×富本憲吉×柳宗悦
第二章 シミュレーショニズムとしての古典復興 北大路魯山人の「コッピー」
第三章 アヤシイニセモノの仮想世界 近代陶芸としての「永仁の壺」
第四章 戦争と陶芸 モダニズムとナショナリズム
第五章 「ニセモノの制度化」と伝統のブランディング 荒川豊蔵《随縁》神話の誕生
第六章 戦後陶芸の「退行」と「転倒」 岡部嶺男と八木一夫のメランコリアと処方箋
第七章 「モダニズム陶芸」と近代の超克 加守田章二と栗木達介
第八章 茶碗の居場所 近代陶芸の「外部」からポストモダンへ
第九章 現代陶芸の「ラディカリズム」とジェンダー
第十章 「空虚な日本」とアナクロニズムの現代陶芸史
あとがき 林康夫「浪江に捧ぐ」(二〇二四年)から
著者等紹介
藤原貞朗[フジハラサダオ]
1967年、大阪府に生まれる。大阪大学大学院文学研究科博士後期課程退学。リヨン第二大学第三課程、大阪大学大学院助手等を経て、茨城大学人文社会科学部教授。博士(文学)。専門は美学・美術史。主な著書に、『オリエンタリストの憂鬱 植民地主義時代のフランス東洋学者とアンコール遺跡の考古学』(めこん、渋沢・クローデル賞本賞、サントリー学芸賞)、『共和国の美術 フランス美術史編纂と保守/学芸員の時代』(名古屋大学出版会、吉田秀和賞)などがある(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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