出版社内容情報
この生は生きるに値するか。
世界は人間にとって意味ある生を保証するか。
美と崇高、あるいは世界の目的論的理解をめぐる『判断力批判』の考察は、生の目的、および世界の存在の意味をめぐる真率なる思考に貫かれている。テクストの隠されたモチーフをも跡づけつつ碩学がよみがえらせる、鮮烈なる「カント」!
[目次]
まえがき
第1章 美とは目的なき合目的性である――自然は惜しみなく美を与える
第2章 美しいものは倫理の象徴である――美への賛嘆は宗教性をふくんでいる
第3章 哲学の領域とその区分について――自然と自由あるいは道徳法則
第4章 反省的判断力と第三批判の課題――美と自然と目的とをつなぐもの
第5章 崇高とは無限のあらわれである――隠れた神は自然のなかで顕現する
第6章 演繹の問題と経験を超えるもの――趣味判断の演繹と趣味のアンチノミー
第7章 芸術とは「天才」の技術である――芸術と自然をつなぐものはなにか
第8章 音楽とは一箇の「災厄」である――芸術の区分と、第三批判の人間学的側面
第9章 「自然の目的」と「自然目的」――自然の外的合目的性と内的合目的性
第10章 目的論的判断力のアンチノミー――反省的判断力の機能と限界について
第11章 「究極的目的」と倫理的世界像――世界はなぜこのように存在するのか
第12章 美と目的と、倫理とのはざまで――自然神学の断念と反復をめぐって
あとがきにかえて――文献案内をかねつつ
(*本書の原本は2017年に講談社より刊行されたものです。)
【目次】
まえがき
第1章 美とは目的なき合目的性である――自然は惜しみなく美を与える
第2章 美しいものは倫理の象徴である――美への賛嘆は宗教性をふくんでいる
第3章 哲学の領域とその区分について――自然と自由あるいは道徳法則
第4章 反省的判断力と第三批判の課題――美と自然と目的とをつなぐもの
第5章 崇高とは無限のあらわれである――隠れた神は自然のなかで顕現する
第6章 演繹の問題と経験を超えるもの――趣味判断の演繹と趣味のアンチノミー
第7章 芸術とは「天才」の技術である――芸術と自然をつなぐものはなにか
第8章 音楽とは一箇の「災厄」である――芸術の区分と、第三批判の人間学的側面
第9章 「自然の目的」と「自然目的」――自然の外的合目的性と内的合目的性
第10章 目的論的判断力のアンチノミー――反省的判断力の機能と限界について
第11章 「究極的目的」と倫理的世界像――世界はなぜこのように存在するのか
第12章 美と目的と、倫理とのはざまで――自然神学の断念と反復をめぐって
あとがきにかえて――文献案内をかねつつ
内容説明
この生は生きるに値するか、世界は人間にとって意味ある生を可能とするようなしかたで組み立てられているか―。美と崇高、あるいは自然と倫理をめぐる『判断力批判』の考察は、人間の生の目的、および世界の存在の意味をめぐる真率なる思考に貫かれている。テクストの隠されたモチーフをも跡づけつつ碩学がよみがえらせる、鮮烈なる「カント」!
目次
第1章 美とは目的なき合目的性である―自然は惜しみなく美を与える
第2章 美しいものは倫理の象徴である―美への賛嘆は宗教性をふくんでいる
第3章 哲学の領域とその区分について―自然と自由あるいは道徳法則
第4章 反省的判断力と第三批判の課題―美と自然と目的とをつなぐもの
第5章 崇高とは無限のあらわれである―隠れた神は自然のなかで顕現する
第6章 演繹の問題と経験を超えるもの―趣味判断の演繹と趣味のアンチノミー
第7章 芸術とは「天才」の技術である―芸術と自然をつなぐものはなにか
第8章 音楽とは一箇の「災厄」である―芸術の区分と、第三批判の人間学的側面
第9章 「自然の目的」と「自然目的」―自然の外的合目的性と内的合目的性
第10章 目的論的判断力のアンチノミー―反省的判断力の機能と限界について
第11章 「究極的目的」と倫理的世界像―世界はなぜこのように存在するのか
第12章 美と目的と、倫理とのはざまで―自然神学の断念と反復をめぐって
著者等紹介
熊野純彦[クマノスミヒコ]
1958年、神奈川県生まれ。東京大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。現在、放送大学特任教授。専攻は倫理学、哲学史(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。
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