出版社内容情報
「一緒に、失くした記憶を探しに行こう」。彼女の言葉で、僕らの旅は始まった。
過去を奪うものたちに抗い、ままならない現在を越えていく、〈愛と記憶〉をめぐる冒険。
デビュー作『鳥がぼくらは祈り、』、芥川賞候補作『オン・ザ・プラネット』を超える、鮮烈な飛躍作!
「ねえ、覚えてる?」--両親を知らずに育ち、就職した僕〈一志〉のもとに、見知らぬ女性が訪れる。
〈杏〉と名乗る彼女は忘れていた過去を呼び起こし、僕の凡庸で退屈な日常が変化していく。
不可視のシステムに抵抗し、時間の境界を越える恋人たちの行方は――?
「文体が映像として浮かび上がる二人の視点の入れ替わりは、痛みを等価交換するように再生する、発明だ。」
映画監督・内山拓也(「佐々木、イン、マイマイン」)推薦!
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
パトラッシュ
125
暴力や犯罪など悲惨な経験に囚われた結果、狂ったり破滅してしまう人生を描く文学は枚挙に暇がない。逆にカズオ・イシグロの『忘れられた巨人』は記憶を抹消して穏やかに生きる世界が舞台だが、同様に過去を忘れたりなかったことにするテーマの小説が日本でも出てきた。幼少期のDVによる心の傷を消すシステムが実在するという設定は、自分の受けた虐待や恐怖を他人に加えようとするサイコミステリの犯人像を否定する。善意であれば他人の生に勝手に介入してよいのか、残酷な真実を知らなければよかったと後悔するのか、杏が選んだ道は救いがない。2022/11/06
日の丸タック
37
人は過去からの記憶の積み重ねで現在の自分が成り立っているのだろうか?性格形成や人との関わり方等過去の経験から学ぶことも当然あり、無意識の行動でもその積み重ねが影響するのも否めない… 周囲を気に掛け、自分の思考を客観的に分析的に眺め…自分の居場所・振る舞いを確認する。幼少期に無条件の愛を受け育つと、素のままの自分で居る事に抵抗なく、何の拘りも持たない。 その生育過程が性格形成や人間関係に大きく影響し、おっかなびっくり相手の反応を伺いながら臆病な…慎重な人にさせる。天真爛漫、人は人それぞれで良いはずなのに……2022/10/12
ひめか*
33
読むのは2作目だけど文体が独特でふわふわとしていて合わないかも…児童施設で育ち、過去に記憶を消されたと知った男女二人が、失った記憶を探しにいく。恋愛関係のようになる場面があったが、展開が急すぎる気がした。知らなくて良い苦しかったり辛い出来事であれば、知らずに生きていれば良いような気もするが、自分の経験である以上、知りたくなるのもわかる。失った記憶が明らかになったことでまた問題が起きたり、関係性が変わったりしてしまうのは寂しいものだと思う。記憶を消されたことで出会えたが、知ることで失うものもあるのだな。2023/01/24
ホースケ
15
その記憶が悲惨なものであった時、過去と向き合うことは必要だろうか..。失われた記憶を探し求める僕と私。途中、人称が入れ替わることで一瞬戸惑いを覚えるが、読み進んでいく過程で、あえての方法だったのだと理解する。不確かな部分はありながらも人生さえ変えてしまう「記憶」。失うことで救われることも、失っていくことで平穏を保つこともあるのだと物語の最終盤で知らされる。重い読後感を残す作品ではあったが、ゴッホとゴーギャンの話で始まる冒頭や独特の文体にも惹かれるものがあった。1998年生まれの若い著者に注目していきたい。2023/01/20
沙智
12
面白かった。以前読んだ『オン・ザ・プラネット』は衒学的な会話がひたすら繰り広げられていて、面白くはあったのだが文章にややとっつきづらさがあった。今作は著者独自の世界観を保ちつつもスッと飲み込みやすい文章になっていて、より洗練されたような印象を受けた。二人の視点、一人称が交互に切り替わる語り口は中々面白い試みだと思う。同じ出来事を経験していても二人の感覚に相違がある場面をもっと描写すれば更に効果を発揮しそう。途中まではぬるい温度感の恋愛小説だが、終盤でショッキングな事実が明かされる。記憶と自我の小説。2023/02/14