講談社学術文庫<br> 源氏の血脈―武家の棟梁への道

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講談社学術文庫
源氏の血脈―武家の棟梁への道

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  • サイズ 文庫判/ページ数 224p/高さ 15cm
  • 商品コード 9784065273616
  • NDC分類 288.3
  • Cコード C0121

出版社内容情報

その後700年におよぶ武家政権を本格的に開始したのは、なぜ源氏だったのか。そしてその地は、なぜ鎌倉だったのか。源氏を「武家の棟梁」に押し上げた4人――源為義・義朝・頼朝・義経の人物像から、日本中世の始まりを描く。
武士は、律令制が乱れた地方社会で自衛のために組織され、草深い東国の武者たちが貴族化した都の平家を滅ぼして武家政権を立てた――こうした通説的理解は、現在では成り立たない。近年の研究では、武士とはそもそも都市的な存在であり、源氏も平氏と同様に軍事貴族として王朝社会での栄達を目指していた。では、京武者・源氏はいかにして地方武士団を統合し、鎌倉に幕府を開くことができたのか。一族不遇の時代、列島各地に拠点を作った祖父為義。京都政界で地位向上に邁進し、挫折した父義朝。高貴な出自による人脈を駆使した頼朝・義経兄弟。河内源氏3代4人の長期戦略は、貴族対武士、東国対京都といった単純な図式を超えたドラマを見せる。
東国武士団の研究に多くの成果を上げてきた著者によれば、源氏こそ「征夷大将軍」「武家の棟梁」たるべきという観念は、源頼朝や足利尊氏、徳川家康らによって作り上げられたものだった。また、為義の父にあたる八幡太郎こと源義家が、武門源氏の始祖として神格化されたのは、のちの北条氏・足利氏が系譜と伝説を捏造したことによるという。文庫化にあたり、「補章」を加筆。〔原本:中央公論新社、2012年刊〕

内容説明

七百年におよぶ武家政権を開始したのは、なぜ源氏だったのか。その地はなぜ、鎌倉だったのか。一族が不遇の時代、各地に拠点を作った祖父為義。京都政界で地位向上に邁進して敗れた父義朝。高貴な出自と人脈を駆使した頼朝・義経兄弟。平氏と同じく都で栄達を目指す貴族だった源氏が、東国の武者たちを組織し、「鎌倉殿」として歴史に君臨するまで。

目次

序章 日本中世の幕開けと武門源氏
第1章 構想する為義―列島ネットワークの構築
第2章 調停する義朝―坂東の平和と平治の乱
第3章 起ち上がる頼朝―軍事権門「鎌倉殿」の誕生
第4章 京を守る義経―院近臣の「英雄」
終章 征夷大将軍と源氏の血脈
補章 「鎌倉殿」の必然性

著者等紹介

野口実[ノグチミノル]
1951年千葉県生まれ。青山学院大学大学院文学研究科史学専攻博士課程修了。文学博士。鹿児島経済大学社会学部教授、京都女子大学宗教・文化研究所教授などを経て、京都女子大学名誉教授(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー

※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。

翔亀

44
【中世14】今月の新刊(文庫化)。地味な本だと思うが、文庫化は「鎌倉殿の13人」効果か。少なくとも読む私にとってはそうだが、この時代はもともと人気があるのかもしれない。原本は2012年。為義・義朝・頼朝・義経をめぐる論文集。だから統一感には乏しいが、かえって歴史家たちの論点がみえてくる。著者は、坂東武士団を中心に研究してきた人で、元木泰雄がよく引用している。本書でも「私の研究を最も励ましてくれるのは元木泰雄である」(p199)と謝意を示している。著者によれば、「戦後歴史学」のパラダイムに基づいた理解に↓2022/03/21

サケ太

23
非常に面白い。源氏が、頼朝がどのようにして鎌倉幕府を作るに至ったのか。都から地方へのネットワーク構築を行っていた源為義。在地の水軍力を取り込んで勢力を固めた義経。政略家としてだけでない頼朝の顔。義経に求められた役割。北条氏、足利氏、徳川氏が求めた頼朝の「王」としての姿。乱暴な印象の強かった源氏全体のイメージが変わった。個人的に義経に子どもがいたことを知らなかったので、驚いた。戦だけではない面も多く知れてよかった。2022/03/19

MUNEKAZ

19
為義→義朝→頼朝の河内源氏の血脈を考察し、なぜ頼朝が「武家の棟梁」として後世に確立したかを解く。論文からエッセーまでごった煮の内容で、統一感に欠ける趣きも(義経再評価から現代日本人disに行くあたりはなんとも…)。為義が各地にバラまいた息子たちが在地の豪族と河内源氏を結びつけ、保元の乱に勝利した義朝の昇進が頼朝の貴種性を生み出す。源平の争乱の中で、木曽義仲でも甲斐源氏でもなく、なぜ源頼朝が勝利をできたか。それは偶然ではなく、こうした代々の積み重ねがあってのこと。都鄙を結ぶネットワークの中に武士がいる。2022/04/18

nagoyan

18
再読。第1章で没落した為義という通説を否定。在地武士の組織化、全国ネットワーク化と摂関家との結びつきで一定の立場を構築。第2章で義朝が調停者として地方に臨み、武家棟梁の立場を得たかを描く。第3章で頼朝の成功の原因は、中央政治に太いパイプを持ち、関東における義朝の地位を継承したこと。第4章で、義経の独自の勢力基盤(海上勢力、平泉、関東の反頼朝豪族)の存在を示す。そして、征夷大将軍とは何かを問う。頼朝が作り、尊氏が広げ、家康が定着させたイデオロギーが、現代日本社会の息苦しさの原因とも説く。2022/11/17

nagoyan

17
優。大河関連本。為義、義朝、頼朝、義経の河内源氏について説く。為義は、決して零落したわけではなく、摂関家と積極的に結びつく(中央、地方においても)一方、地方に子弟らを派遣し地方を抑えようとする。為義から自立した義朝は院近臣として中央に立場を得、関東に在地豪族の調停者として君臨する。頼朝は、関東における義朝の機能を引き継ぐだけでなく、他の源氏らよりも抜きんでた貴種性により、朝廷の軍事権門としての立場を確立する。義経を支援した、広範な勢力を明らかにする。なお、少なくとも頼朝段階での東国国家論には否定的。2022/03/26

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