出版社内容情報
小田原 のどか[オダワラ ノドカ]
著・文・その他
内容説明
“思想的課題”としての彫刻を語りたい。街角の彫像から見えてくる、もう一つの日本近現代史、ジェンダーの問題、公共というもの…。都市に建立され続け、時に破壊され引き倒される中で、彫刻は何を映すのか。注目の彫刻家・批評家が放つ画期的な論考。
目次
1章 空の台座(彫刻という困難;彫刻が可視化するもの;記念碑としての彫像 ほか)
2章 拒絶される彫刻(破壊される彫像;光太郎とロダン;“風雪の群像” ほか)
3章 彫刻を語る(「彫刻」となったレーニン;“わだつみの声”;「もうひとつの東京裁判」 ほか)
著者等紹介
小田原のどか[オダワラノドカ]
1985年、宮城県仙台市生まれ。多摩美術大学彫刻学科卒業後、東京藝術大学大学院美術研究科にて修士号、筑波大学大学院人間総合科学研究科にて博士号を取得。芸術学博士。彫刻家/アーティストとしての活動と並行して、彫刻研究、版元経営、書籍編集、展覧会企画、評論執筆を行う(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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kenitirokikuti
7
図書館にて。〈再び《平和の群像》の出自に立ち戻って考えるなら、公共空間の女性裸体像は、「ナショナリズムを十全に定着しうる形態」であるとともに、敗戦と占領というこの国の歴史をうつす存在といえるだろう。 さて裸体彫刻の街頭設置が落ち着いた現在、新たな偶像として建立され続けているものがある。アニメキャラクターの彫像だ。〉p.052 本書が扱うのブロンズ像で、水木ロードの妖怪像などが街頭するが、「ガンダム」像もそうだよな…。アニメ像には台座はない。台座は東洋の石碑の系譜。2022/02/05
owlsoul
6
我が国の彫刻は、石碑文化と鋳造による人物像が結びついたところに端緒がある。碑は記憶の風化に抗い、その場所で起こった出来事を伝え残す。その伝達力を受け継ぐ彫刻は、やがてプロパガンダとして利用され、戦時中は戦意高揚のため、戦後は平和の記念として街に林立した。場所と結びつくゆえに公共性を持つ彫刻は、ときとして社会との軋轢を生み、拒絶され、破壊される運命にある。変化せずそこにあり続ける彫刻の意味が読み替えられ、引き倒されるとき、我々は自らの変化を実感する。その「超克」の瞬間にこそ、アートとしての彫刻は存在する。 2023/03/21
TOMYTOMY
6
彫刻と公共性という関係性が、あまり繋がってなかったからこそ発見が非常にあった。 彫刻というある意味日本のマーケットのなこでマイナー性が高いところで非常に大事なことであるし、女性の書き手というのも意味がある。2021/11/14
onepei
4
作った人間、見る人間の思惑を超えてしまうことが不幸なときもある2022/02/18
999
3
なかなか面白かった。芸術について考えると、建築、絵画、音楽、文芸など触れてきたが彫刻に関してはあまり無かった。考えもしていなかった気がする。本書を読み、彫刻について知ろうと努め出すと身の回りにあった彫刻に気が付き出した。言われて気がつく、破壊されて気がつく、倒されて気がつくというもの、そんな記述もあって納得した。そして戦後の彫刻へと移り、以前からいつか読もうと思っていた【きけ、わだつみの声】の記述があったのでいよいよ手に取る時が来たかと思った。2023/04/02