講談社文芸文庫<br> 凡庸な芸術家の肖像〈上〉―マクシム・デュ・カン論

電子版価格 ¥2,299
  • 電書あり

講談社文芸文庫
凡庸な芸術家の肖像〈上〉―マクシム・デュ・カン論

  • ただいまウェブストアではご注文を受け付けておりません。
  • サイズ 文庫判/ページ数 526,/高さ 16cm
  • 商品コード 9784062902717
  • NDC分類 950.28
  • Cコード C0195

出版社内容情報

『「ボヴァリー夫人」論』執筆中に誕生した著者中期の代表作。「フロベールの才能を欠いた友人」を描きスリリングに展開する傑作評論「凡庸」とは「すぐれたところのないこと」などといった相対的、あるいは普遍的な概念ではない。ルイ・ナポレオンのフランス第二帝政期に誕生した、極めて歴史的な現実であり、その歴史性は今なおわれわれにとって同時代のものなのだ――大作『「ボヴァリー夫人」論』(2014年)の執筆がすでに開始されていた1970年代、『「ボヴァリー夫人」論』を中断してまで著者を執筆に駆り立てた、現代批評の頂点。

講談社文芸文庫版への序文
『凡庸な芸術家の肖像』への序章
『凡庸な芸術家の肖像』第一部
I 蕩児の成熟
II 蕩児は予言する
III 特権者の代弁
IV 開かれた詩人の誠実
V 韻文の蒸気機関車
VI 凡庸さの発明
VII 旅行者の誕生
VIII 芸術家は捏造される
IX 仮装と失望
X 写真家は文芸雑誌を刊行する
XI 編集者は姦通する
XII 友情の物語=物語の友情
XIII 『遺著』という名の著作
XIX 自殺者の挑発
XV 教室と呼ばれる儀式空間
XVI 説話論的な少数者に何が可能か
XVII イデオロギーとしての倦怠
XVIII 新帰朝者の自己同一性
XIX 日本人の模倣癖と残忍さについて
XX 才能の時代から努力の時代へ
『凡庸な芸術家の肖像』第二部
I 崩壊・転向・真実
II 夢幻劇の桟敷で
III 外面の痛み=内面の痛み
IV シチリア島の従軍記者
V ふたたび成熟について
VI バヴァリアの保養地にて
VII 徒労、または旅人は疲れている
VIII 文学と大衆新聞
IX 変容するパリの風景
X 物語的配慮とその許容度
XI 黒い小部屋の秘密
XII パリ、または数字の都市
XIII 排除さるべき落伍者たち
上巻への註


蓮實 重彦[ハスミ シゲヒコ]
著・文・その他

内容説明

畢生の大作『「ボヴァリー夫人」論』(二〇一四年)の執筆がすでに開始されていた一九七〇年代、著者の心奥深くに忽然と燻りだした一九世紀フランスの作家マクシム・デュ・カン。今では“フロベールの才能を欠いた友人”としてのみ知られるこの謎多き人物の足跡をたどる本書は、あなた自身ではないあなたの物語でもある。凡庸とは、才能とは何を意味するのか。現代批評の頂点。

目次

『凡庸な芸術家の肖像』への序章
『凡庸な芸術家の肖像』第1部(蕩児の成熟;蕩児は予言する;特権者の代弁;開かれた詩人の誠実;韻文の蒸気機関車 ほか)
『凡庸な芸術家の肖像』第2部(崩壊・転向・真実;夢幻劇の桟敷で;外面の痛み=内面の痛み;シチリア島の従軍記者;ふたたび成熟について ほか)

著者等紹介

蓮實重彦[ハスミシゲヒコ]
1936・4・29~。フランス文学者、映画批評家。東京都生まれ。東京大学仏文学科卒業。パリ大学にて博士号取得。東京大学教授を経て、東京大学第26代総長。1978年『反=日本語論』で読売文学賞、89年『凡庸な芸術家の肖像』で芸術選奨文部大臣賞を受賞、99年にはフランス芸術文化勲章コマンドールを受章する(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。

感想・レビュー

※以下の感想・レビューは、株式会社トリスタの提供する「読書メーター」によるものです。

しゅん

15
名著中の名著。「フローベールの恩知らずな友人」としてしか文学史に登場しない作家マクシム。「凡庸さ」という概念は19世紀中葉に発生した歴史的なものであり、それが現代の我々をも規定していることを証明するための長尺な物語は、一人称が「話者」、「わたし」は語り手ではなくマクシムを表すための代名詞として使われるという破格の人称操作により、語ることそのものに含まれる虚構性を暴いていく。物語であり同時に批評でもあるような言葉の複数性は、我々の貧しさを鋭く刺せば刺すほどに豊かに感じれられていく。前代未聞の読み心地だ。2017/12/31

hitotoseno

7
『『ボヴァリー夫人』論』によると、『ボヴァリー夫人』の話者は、1843年(つまり研究者たちが『ボヴァリー夫人』の時代設定と想定している年代)にパリ〜ルーアン間に開通した鉄道について、それが元からないもののごとく見做して物語を進めていると思うと、ある時急に「汽車駅」の存在に言及し始める、といった具合にとにかく融通無碍な扱い方をしているという。それを読みながら、ふと本書にも「韻文の蒸気機関車」という章があることを思い出した。2020/10/30

三柴ゆよし

7
じぶんが批評なるものに求める「エモさ」(大嫌いな言葉です)、そのすべてが詰まったと言っても大袈裟ではない感動的な書物。感想は下巻で。2020/10/28

ヤマニシ

0
「想像されたものでしかなかったものが言葉としての形式におさまろうという最初の一瞬への脅えなくしては、文学は存在しないとさえいえよう。」(p325)2021/05/07

外部のウェブサイトに移動します

よろしければ下記URLをクリックしてください。

https://bookmeter.com/books/9693992

ご注意
リンク先のウェブサイトは、株式会社トリスタの提供する「読書メーター」のページで、紀伊國屋書店のウェブサイトではなく、紀伊國屋書店の管理下にはないものです。
この告知で掲載しているウェブサイトのアドレスについては、当ページ作成時点のものです。ウェブサイトのアドレスについては廃止や変更されることがあります。
最新のアドレスについては、お客様ご自身でご確認ください。
リンク先のウェブサイトについては、「株式会社トリスタ」にご確認ください。