出版社内容情報
理想論・タテマエ論への違和感の根源――「学級」という幻想! 我々はどうして席に座って教師の話を聞いていたのか? それは教育の普遍的システムなのか? 〈崩壊〉という事態は何なのか? 近代の発明品〈学級〉の歴史性と限界を暴き、自明視された空間で暮らす子どもと教師を救済する! (講談社選書メチエ)
第1章 「学級」を疑う
第2章 「クラス」の誕生と分業される教師
第3章 義務教育制度の実現
第4章 学校組織の矛盾
第5章 日本の学校はいかに機能したか
第6章 学校病理の解明
終章 変わる学級制――共同体幻想からの脱却
柳 治男[ヤナギ ハルオ]
著・文・その他
内容説明
我々はどうして席に座って教師の話を聞いていたのか?それは教育の普遍的システムなのか?「崩壊」という事態は何なのか?近代の発明品「学級」の歴史性と限界を暴き、自明視された空間で暮らす子どもと教師を救済する。
目次
第1章 「学級」を疑う
第2章 「クラス」の誕生と分業される教師
第3章 義務教育制度の実現
第4章 学校組織の矛盾
第5章 日本の学校はいかに機能したか
第6章 学校病理の解明
終章 変わる学級制―共同体幻想からの脱却
著者等紹介
柳治男[ヤナギハルオ]
1941年福岡県生まれ。九州大学教育学部卒業、同大学院教育学研究科博士課程修了。教育学博士。九州大学助手、熊本大学助教授を経て、熊本大学教授。専門は教育社会学
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感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
すがの
5
05年刊。打ちのめされた思いすらする、名著。イギリス教育史を追うことで、「学級」がきわめて人為的で、システム的なものであることを確認したうえで、現代日本の教育現場・教育論において「学級」を自明視するという陥穽に嵌っていることを強く指弾する。/教育史を扱う学生として、もっと早く出会っておくべきだった書物ではあったが、非常に学ぶところが多かった。現代の、そして明日の社会を構想するためのヒントをふんだんに含んだ、鮮やかな歴史研究(むろん、直接的な「ヒント」を含まない歴史学研究が優れていないという意味ではない)。2016/05/04
左手爆弾
3
教育については様々な議論があるが、結局のところ、「学級」を自明視している点では変わらない。本書は学級の存在を、歴史を経由しつつ、社会学的に明らかにしていく。中世までは存在しなかった学級は、旅行会社の提供する「パック旅行」と同じ構造を持つという指摘から全てが始まる。実際、学級とは個人教授ではまかないきれない教育需要に対する経済合理性から生まれた。にもかかわらず、日本の学級においては、担任と生徒の間に特別な絆が存在するように語られることが多い。これは自明のものではないと筆者は指摘する。2023/10/25
Arick
2
僕らが当たり前と思っている「学級」というものの成り立ちから丁寧に追うことで、学級の矛盾を強く指摘している。 「「学級」という事前制御空間は、あえていえば、児童・生徒の自己決定権の剝奪という人権侵害をすることによって成立する集団である。」(P.180) 「身体はあたかも椅子に縛り付けられているかのごとき状態にある生徒に対し、「あなたが主役」と強調することがいかに空々しいことであるか。」(P.193) いやあ、刺激的。ここから考え直すことで明日の教育を生んでいきたい。2016/11/10
富士さん
2
初めて読んだ時にはそんなに感銘を受けた記憶がなく、フーコー先生の焼き増しかな、と思って再読したらべらぼうに面白くてあっという間に通読しました。論旨はとても単純。効率的に知識を詰め込むために作られた機関に全人格的な陶冶を行う共同体を求めているところに学校の宿痾がある、というもの。なぜ学校に行かないと単純に勉強する場所がないだけでなく道徳的な批判までもが加えられるのか、気持ちの悪い仲良しごっこがなぜ強制されるのか、そして、ポルノジャンルになぜ女教師ものがあるのかまで、本書の考え方を使えば明快に理解できます。2015/11/12
ひろ
2
「学級」という、読み書き算盤を教えるマクドナルド的なチェーンシステムであり、生徒に自己抑制を強いて目的とする学びを得ること、また労働者としての教師が生徒に知識を伝達するための効率的手段として形成された組織。だがこれが日本では共同体的な感覚で受容されたため、教師対生徒、生徒対生徒での情緒的結合が重視され、また学習達成のためのプロセスや目標設定ではなく「良い学校」対「悪い学校」といった観念的な二項対立で「学級」「学校」が論じられた。2014/07/08