内容説明
22人の女神たちのめくるめく陶酔と恍惚。物語のつづれ織り。
著者等紹介
多和田葉子[タワダヨウコ]
1960年、東京生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。ハンブルク大学修士課程およびチューリッヒ大学博士課程修了。82年よりハンブルク市在住。91年、「かかとを失くして」で第34回群像新人文学賞受賞。93年、「犬婿入り」で第108回芥川賞受賞。96年、ドイツ語での文学活動に対し、バイエルン芸術アカデミーよりシャミッソー文学賞を授与。2000年、『ヒナギクのお茶の場合』で第28回泉鏡花文学賞受賞
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
ヴェネツィア
125
実に難解な小説である。タイトルの『変身のためのオピウム』からして意味不明だ。オピウムはアヘンや麻薬のことであり、マルクスの『ヘーゲル法哲学批判序説』の中の言葉「宗教は民衆のためのオピウムである」からとられているのは明白。しかし、そうだからといって何が分るといういうものでもない。スタイルは一見したところは長編小説だ。しかし、物語全体を貫流するプロットは、これまたあるような無いようなだ。表現のところどころはシュール・レアリスムを想わせるのだが、シュールではない。しいて言えば西脇の「旅人かへらず」に似ているか。2014/02/24
マカロニ マカロン
18
個人の感想です:B。「オピウム」とは阿片のことらしい。文中に何度も阿片が登場し、19世紀のイギリスの三角貿易(インドのアヘンと、中国の茶をイギリスの商社が密輸で仲介した)の話も出て来る。「中国みたいに大きい国を支配できるのは、オピウムかコミュニズムかどっちかさ」という言葉も出て来る。本書はギリシャ神話の女神のエピソードを現代の女性に入れ込んだトピックが22話。全体としての大きなストーリーはなく散文詩的な話が続き、オピウムを摂取して見る夢のような幻惑させられる雰囲気のギリシャ神話によるアンソロジーか2026/01/14
いろは
18
『22人の女神たちのめくるめく陶酔と恍惚』というコメントが帯の作品。エロスを語りながら、卑猥でないところが女性らしく、サラサラ読みやすい。そして、多和田葉子の表現力に驚いた。どこにもないような思いつかない表現で作品が描かれている。まさに、多和田葉子だけの世界という印象だった。この世界には中毒性があるという人もいるが、私もなんだかまた世界が開かれたような、そんな気がした。女性ならではの独特な性格だったり、苦悩だったりが描かれているので、女性の方には特にオススメ。そして、多和田葉子の世界は表現の勉強にもなる。2018/02/24
rinakko
14
再読。22の章から成る。とらえどころのない不可思議なイメージの連なりは、茫洋と広がり溢れ出す…かと思えば身体を貫く管のようにぎゅっと縮む。オピウムに酔わされ漂流する心地。ゆるゆるとくっついたり離れたりする22の女たちには、ギリシャ神話の女神やニンフの名が付けられ、何の女神か、何に変身するのか、誰の妻か母か…ということが少しずつ内容に繋がるので面白い。両腕の麻痺したレダ、亡命してきたコロニス、言葉の力と戦うクリメネ、40歳で家を出たリムナエア、男になりたいイフィス…。其々の抱えた生きにくさが好きで、共感した2015/11/12
rinakko
10
再々読。ゆるやかに繋がる22人の女たちは、ギリシャ神話の登場人物の名で呼ばれ、其々の女神やニンフたちを示す幾つもの符牒が鏤められている。両腕の麻痺したレダ、亡命してきたコロニス、言葉の力と戦うクリメネ、男になりたいイフィス…。彼女たちの生き辛さと撓やかさは、性別や年齢、容姿、出自等々…によって外側から一方的に決め付けられ押し付けられる諸々の事柄に対し、やんわりと逃亡を図ろうとしていることから発しているように思える。そしてそこに必要なのは、“オウィディウスに立ち向かうためのオピウム”がもたらす陶酔状態。2024/09/06
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