出版社内容情報
【内容紹介】
20年前に北九州から上京した時に着ていた旧陸軍の外套の行方を求めて、昔の下宿先を訪ねる1日の間に、主人公の心中には、生まれ育った朝鮮北部で迎えた敗戦、九州の親の郷里への帰還、学生時代の下宿生活などが、脱線をくり返しながら次々に展開する。
他者との関係の中に自己存在の根拠を見出そうとする思考の運動を、独特の饒舌体で綴った傑作長篇。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
佐島楓
63
後藤明生は初めて読む。すごく感想が難しい。するする読めてしまうので、背後にあるものがつかみきれない。ゴーゴリの『外套』や対比されるモチーフがカギとなるのかなと推測するが、よくわからない。読解本が出版されているレベルの作品なので、わたしごときが読み切れないのも仕方ないのかな。2021/03/22
かわうそ
34
「昔着ていた外套を探す」という本筋があるように見せかけて脱線に次ぐ脱線を繰り返し気がつけばスタート地点から一歩も動かぬままゴールを迎えるこの作品は面白い小説に物語など必要ないのだという事実を改めて認識させてくれる。尋常じゃなく面白かったです。2015/05/03
長谷川透
29
かつて着用した外套。瞬く間に外套は郷愁を越えて主人公自身の拠り所にまで昇華され、消失した外套の行方を捜すため、かつての住処を訪ね歩く。懐かしき人々の会話と再会の懐かしみは不意に戦中の記憶に遷移して、彼を戦時の北朝鮮へと誘ってしまう。文体のせいか戦争によるトラウマはあまり感じられないが、語り手が言うように書かないことまで語り手は選択できるのだ。たった一日の内に何度も彼に襲いかかるノスタルジーとトラウマの挟み撃ち。ゴーゴリの小説と『濹東奇譚』は東京と大陸とを彼の中で結び付ける回路のような役割なのだろう。2012/12/08
三柴ゆよし
25
再読。ゴーゴリを読み返した直後だったので、初読時より明らかに細部を楽しめた。ゴーゴリを「真似る」というよりも「真似たい」という一体化の願望を駆動力にした小説だと思う。自分なりのゴーゴリの「外套」を書きたいという思いと、しかし結局のところ、自分はどこまでいっても自分でしかないが……という思い、その分裂が新しい「創作」の契機となり持続力ともなる。パロディ的なところでいうと、「外套」だけでなく「鼻」をそのままなぞった部分も多く、下宿のおばさんとの会話シーンと最後のモノローグで特にわかりやすくトレースしている。2020/05/25
zumi
22
再読。改めて読むと、その面白さに圧倒される。あらゆるもの(それは、時代だけにとどまらず、階級や、大学の問題にすら及ぶ)に「挟まれた=宙吊りにされた」主人公は、延々と外套探しを続ける。偶然が偶然を呼び、明確なつながりや理由、説明がないまま、物語が続いていく。これは、まさに小説そのものが持つ面白さを全面に押し出している気がする。言葉遊びと、話の脱線...... 初読の時は全く気づかなかったが、こうして読んでみると、私はこの作品が好きなのではないかと思う。2014/05/02