内容説明
亡き妻への愛を吐露して哀切限りない「夢幻泡影」。読売文学賞受賞の名著、著者のヰタ・セクスアリス「澪標」。夫婦ともにガン発病、迫り来る死とたたかう闘病生活の不思議な明るさと静寂感充ちる「落日の光景」「日を愛しむ」。愛する者の死。人生の不可思議。末期の眼。死へ向う透明な生。外村文学の鮮やかな達成四篇。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
ステビア
12
「夢幻泡影」がよかった。巧み。他の三本はあまり好きじゃない。飾りなく自己をさらけ出すのもいいが小説としての面白みがなくてはただの身辺雑記になってしまう。2015/05/21
ウイロウ
10
感動した。その私小説をあえて分類すれば、志賀直哉―瀧井孝作の衣鉢を継ぐ心境小説といえるのだろうが、淡々と描かれる作家の人生そのものが何しろ凄絶なのである。巻頭作「夢幻泡影」のラストにまず私はやられた。続く表題作「澪標」は、本書収録作のうち唯一の中篇であり、語り手たる〈私〉の、幼少年期から老年期までの「性欲史」を連綿と綴った傑作。すなわち作者外村繁によるヰタ・セクスアリス。ところが小説後半、前妻の死や後妻と〈私〉の癌闘病といった重いエピソードが組み込まれることで、それは俄かにいのちの歴史に変貌するのである。2016/01/28
giant_nobita
7
「夢幻泡影」:妻の死をテーマにした私小説。「私」が献身的に妻の看病をしたり、妻の下穿きを手づから洗ったり、妻の死後に身も世もなく泣き臥す姿や、母親の死をも「愚かな遊び」の道具にしてしまう無邪気な子の姿などの、家父長制にとらわれない戦後的な夫婦・親子の関係が当時としては新しかったのだろう。冒頭の青空が砕けるというイメージが、妻の汚れ物を洗う盥に映る空が水の波紋で破片になる場面や、冷い鏡に映る空の色、「雲のような哀しみ」や「青みだつような哀しみ」などの語、「私」の涙袋から溢れる涙と響き合っているのが技巧的。2015/09/20
ki_se_ki
3
表題作「澪標」。舞台は近江商人の地、滋賀県は五個荘。作者外村繁との近接性が極めて高い語り手兼主人公である「私」のヰタ・セクスアリスが、私小説的文体で淡々と描かれており、日本私小説の一つの到達点として名高い。「私」の性の遍歴(女中「たつ」とのくすぐりごっこ、陰毛や腋毛の発生、上級生からの同性愛的視線、自慰行為の開始、包茎の悩み、屈辱の徴兵検査、「玲子」との行為なき同衾、先妻「とく子」との初体験の喜び、とく子亡き後の再婚相手「貞子」との行為など)の中で、次第に「私」の全体像が浮かび上がってくる。2014/08/04
愛敬 史
3
「夢幻泡影」は病気で亡くなった先妻に愛情込めて綴った短編。「澪標」は子どものときに芽生えた性への意識を幼年時代から思い起こした長編。先妻が病気で亡くなり、後妻と再婚してからも夫婦ともに癌に冒されてからは「生(性)と死」の色が濃くなっていく。「落日の光景」と「日を愛しむ」の二編は癌に苦しめられながら、日々を過ごす外村夫婦が描かれている。いずれも外村繁の代表的な私小説だが、先妻を亡くしてから、後妻を知り愛情を注ぐようになった瞬間を描いた「最上川」も合わせて読むと面白い。2012/02/12