内容説明
80年代を疾走し、そして今、90年代の新しい地平を押しひろげる村上春樹の文学的原点。群像新人文学賞受賞作など初期長篇2作。
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感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
踊る猫
34
テーマはいったいなんだろう、とものすごく幼稚なことを考えてしまった。後の作品では(保守派の『批評空間』的論客から常々批判されてきたように)「物語」への志向が見えてくる。だが、この初期作品ではそうしたストーリーの「うねり」はまだ見られず、それが著者の上述したテーマの骨組みを垣間見せている印象を受けるのだ。「伝達」つまりコミュニケーションを通して、嘘や嫌悪や行き違いをはらんだ他者との関係を踏まえてどう他人に対峙するか。こうした読み方は噴飯物だろうか。春樹はそれこそ自らが語ったように、激しく「内向」的作家だから2024/03/24
踊る猫
31
たとえば『風の歌を聴け』冒頭の伝達をめぐるちょっとした議論、そして作中に挿入されるさまざまな逸話(鼠の小説や主人公の「レーゾン・デートル」などなど)。ぶっきらぼうに並べられるそうした断片はぼくにとって「外部の不確かな事象をどのように的確に、相手に伝わるように語るか」というこの作家ならではの問題意識とリンクするように読める。その背景にあるのはどうしたって言葉は伝わらないとか友達関係(信頼関係)が永続きしないという諦念であり、それを乗り越えてでもなお語りたいという断固とした意思と受け取る。ゆえにレアな作品群だ2025/02/03
踊る猫
28
たしかに初期作品ならではの若書きな・粗野な語り口が魅力的だ。ここには、後の作品群のようなピュアな(「うぶな」とも言えるか?)「物語」への志向がまだ見られない。主人公を取り巻く他愛もない日常(とその延長線上にぶっきらぼうに配置されるセックスへの言及)、および彼が経験せざるを得なかった喪失感に満ちた過去がぎこちなく語られる。そこにピンボールをめぐるマニアックな蘊蓄が盛り込まれて物語としてドライブする契機を得たりもするが、ひと口で言えばまだまだ粗い。だが、その粗さの中にたしかに世界と組み合おうとする意思を感じる2024/10/19
踊る猫
28
今の目で読むと、確かに私はここにスコット・フィッツジェラルドの残響を感じ取ることができる。理想に燃えた時代があり、そこで味わった敗北を噛み締めて、それでも生き続けるということ。そうして生きることが結局のところはそれこそ「崩壊」の過程でしかないとしても……その意味では『風の歌を聴け』も『1973年のピンボール』もひねくれているようで、斬新でもあるようだけど実はなかなかオーソドックスな青春小説なのかもしれないと思った。ギャグがスベっていたりアイタタタなところがあったりするのも、今の目で読むと愛らしいとも思える2022/09/25
踊る猫
26
流石はチャンドラー読者にして翻訳者の春樹だけあって、謎にこちらを引き込む手腕にスリルを感じる。『羊をめぐる冒険』から本格的にその「謎解き」の魅力は発揮されることになるが、実はすでに『1973年のピンボール』でも「謎解き」的なストーリー展開と「喪失と再生」を描くストーリー展開が入れ子式に組み合わせられてることに気づき、初期から春樹らしさというものは存在していたのだなと(当たり前といえば当たり前の)感想を抱いた。この作品集を読み、私自身に存在する「喪失と再生」のドラマについて考える。でもここまでお洒落ではない2023/03/08