内容説明
寝させ唄でも遊ばせ唄でもない、日本独特の子守り唄。甘やかな郷愁とは対極の暗さを漂わせる一群の守り子唄はどこから来たのか。年端もいかぬ子守り少女たちのモノローグ。おどま盆ぎり盆ぎり、と口ずさまれる背景はいかなるものか。五木の子守唄として採集された七十余りの詞章を検討し、近代化の過程で忘れられていった精神史の風景を掘り起こす。
目次
第1章 守り子唄への道
第2章 五木の子守唄とは何か
第3章 守り子たちの日々
第4章 流れ者の譜
第5章 守り子の父は誰か
第6章 宇目の唄げんか
著者等紹介
赤坂憲雄[アカサカノリオ]
1953年、東京都生まれ。1978年東京大学文学部卒業。東北芸術工科大学教授。東北文化研究センター所長。民俗学専攻(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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久守洋
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学術文庫に収録されてはいるが、論文ではなく散文詩に近い印象。2017/01/30
ダージリン
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今では考えられないが、昔はこうした社会があったのだ。子守唄を通して見えてくる人々の精神性や社会の在り方に心を打たれる2011/03/06
いちはじめ
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五木の子守り唄を巡る論考。冒頭、子守り唄と守り子唄という指摘には目から鱗。2006/01/13
こたろう
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子守り唄を眼差す。子守り唄の解釈において、赤坂を満足させ得なかったものは、その歴史の系譜的理解ではない。地域性の問題でも、本質的にはない。「守り子」という、歌の主体について、確かでないということだ。これを、五木の子守り唄や、宇目の子守唄を通じて、見定めようとする。そこには、守り子という主体は、子守という仕事をするために漂泊する<異人>としてあり、子守という仕事の、恐るべき大変さを歌や歌合をもって、現実感を持って歌い上げる。あるいは、我々に伝えようとする。我々は、守り子を眼差し、それを受け止めねばならない。2026/06/09




