内容説明
「憑く」という語の本来の意味は、事物としてのものにもともと内在する精霊や、異界の神霊などが、別の事物としてのものに乗り移ることを意味していた。本書は、こうした憑依現象を手懸りにして、狐憑き、犬神憑き、山姥、式神、護法、付喪神など、人間のもつ邪悪な精神領域へと踏み込み、憑依という宗教現象の概念と行為の体系を介して、日本人の闇の歴史の中にうごめく情念の世界を明らかにした好著。
目次
1 「憑きもの」と民俗社会―聖痕としての家筋と富の移動
2 説明体系としての「憑きもの」―病気・家の盛衰・民間宗教者
3 〈呪咀〉あるいは妖術と邪術―「いざなぎ流」の因縁調伏・生霊憑き・犬神憑き
4 式神と呪い―いざなぎ流陰陽道と古代陰陽道
5 護法信仰論覚書―治療儀礼における「物怪」と「護法」
6 山姥をめぐって―新しい妖怪論に向けて
7 熊野の本地―呪咀の構造的意味
8 器物の妖怪―付喪神をめぐって
9 収録論文解題
1 ~ 1件/全1件
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
ヴェルナーの日記
120
現地調査を主眼とする民俗学は時代とともに廃れる宿命をのがれられない学問である。よって逆に民俗学に関する資料は時代とともに重要性が増す。本書は民俗学の立場から〝憑きもの”(狐憑き・犬神憑きなど)を紹介した著作。具体的に土佐の伊弉諾流陰陽道から呪詛・呪詛返し・式神・憑きものにおける聖痕(スティグマ)・憑きもの筋等々といった民間信仰を詳細に解説した内容である。現在では陰陽師と聞くとフィクションの世界であり、映画やTVのアニメドラマ等を思い浮かべてしまうが、ほんの半世紀前ぐらいまで地域信仰のとして信じられていた。2016/06/17
夜間飛行
68
近世農村社会の閉鎖性と、限られた富を分かちあって維持される共同体という観点から憑きものについて論じている。人類学的な考察としても面白いけれど、それ以上に怪異な話一つ一つに心を奪われてしまった。そこにあるのは心身に異物が入り込む恐怖であり、憑きものが確かに実在していると思わせる生々しさだ。そういった鮮度の良さは、オサキが道具に付いて家に入り人の腸を食うとか、クダが着物の縫目に毛を残すとかの、心に突き刺さるような具体的細部に支えられている。憑きものは今なお世の不条理への説明役割を担い続けているのかも知れない。2017/05/04
テツ
23
現代社会でも度々口にする「ツイている」という言葉はもともと憑き物が憑いているという意味だった。憑き物筋とそれに対する畏敬の念。畏れ。一体憑き物とはどんな存在であって何を意味し何を説明しているのか。言い伝えられている憑き物関係の怪異を紹介するとともに著者がフィールドワークで得た情報を情熱的に楽しそうに語る。そうした日常生活にはビタイチ役に立たない知識がこれでもかと延々と綴られている。好きな人間にはたまらない。プラスもマイナスも平均を逸脱した状態は人智を超えた憑き物の力で説明される。あいつはツイている。2017/06/12
佐倉
14
『いざなぎ流 祭文と儀礼』で多く参照されていたことから読み始めたが、最近読んだ『穢汚と禁忌』と繋がるテーマも多く興味深く読むことができた。富や権力など、自然社会からの逸脱したものを説明するための論理としての憑霊を検証する一章二章も良かったが、五章『護法信仰論覚書』も好奇心を擽られた。護法童子が物怪調伏において果たす役割に対する当時の新説として書かれたもの。患者から護法が霊を引き剝がし憑座に付けるというプロセスについての話は論理的に思える。その後検証が進んだりしたのか気になるところ。2022/12/30
まりお
11
憑き物について、例えば犬神、生霊といったものから、陰陽師と式神、山姥、付喪神などを扱う作品。一番気になったのは物怪と治療について。憑き物が存在すると考えられた当時は、病人には物怪が取りついている、が常識であり、それを追い払うことが治療だった。追い払う際、病人に取りついていたものを別のものに移す方法がある。追い払えば終わることを、何故その過程が必要なのだろうか。2016/11/04