角川新書<br> 「酔っぱらい」たちの日本近代―酒とアルコールの社会史

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角川新書
「酔っぱらい」たちの日本近代―酒とアルコールの社会史

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  • サイズ 新書判/ページ数 216p/高さ 18cm
  • 商品コード 9784040825298
  • NDC分類 383.8
  • Cコード C0221

出版社内容情報

「今日は花金」「一杯くらい飲めないと」「絶対に終電で帰る」 「泥酔しても8時出社」 ――

【デキる奴ほど酒を飲む】はいつ生まれ、なぜ消えゆくのか?

近世まで、飲酒は非日常を体感する儀礼的な営みであり、祝宴では酔いつぶれることこそが「マナー」だった。工業化の過程で、都市に集まった人びとは翌日の労働のために飲酒を規制しはじめる。好んで夜の街に繰り出しながら、酔いを隠し、記憶喪失を恐れ、「ワリカン」でしめやかに終わる。こうした一見矛盾する飲み方は、どのような過程で都市民たちに内面化されていったのか。近代化の隙間で労働の日々を生きた日本人の秘史を、気鋭の社会学者が炙り出す。

●帰る客に玄関先で飲ませる近世の「追酒盛」
●明治半ば、浅草の盛り場は昼のものだった
●「社用族」は総力戦体制が生んだ
●昭和の日本は「ワリカン」が主流化、世界的にも「奢り」が少ない国に

【目次】
はじめに

第1章 つぶれるまで飲む――近世の飲酒スタイル
第2章 仕事帰りに飲む、終電で帰る――昼酒慣行の終焉
第3章 曖昧な仕事と飲酒――酒席の労働化
第4章 飲んで、燃料補給する――ガソリンとアルコール
第5章 米から麦へ――あらたな飲酒文化

おわりに


【目次】

はじめに

第1章 つぶれるまで飲む――近世の飲酒スタイル
第2章 仕事帰りに飲む、終電で帰る――昼酒慣行の終焉
第3章 曖昧な仕事と飲酒――酒席の労働化
第4章 飲んで、燃料補給する――ガソリンとアルコール
第5章 米から麦へ――あらたな飲酒文化

おわりに

内容説明

明日も働くわたしたちの近代史。なぜ我々は飲んで飲んで、マジメに終電に群がるのか―。近世まで、飲酒は非日常性を体感する儀礼的な営みであり、祝宴では酔いつぶれることこそが「マナー」だった。工業化の過程で、都市に集まった人びとは翌日の労働のために飲酒を規制しはじめる。好んで夜の街に繰り出しながら、酔いを隠し、記憶喪失を恐れ、「ワリカン」でしめやかに終わる。こうした一見矛盾する飲み方は、どのような過程で都市民たちに内面化されていったのか。近代化の隙間で労働の日々を生きた日本人の秘史を、気鋭の社会学者が炙り出す。

目次

第1章 つぶれるまで飲む―近世の飲酒スタイル(江戸は酔っぱらいが多かった;飲酒率の高かった近世社会 ほか)
第2章 仕事帰りに飲む、終電で帰る―昼酒慣行の終焉(たまに途中下車して、新宿で1杯;仕事中の「昼酒」は当たり前だった ほか)
第3章 曖昧な仕事と飲酒―酒席の労働化(「余暇」は労働時間の一部?;酒豪としての経営者像 ほか)
第4章 飲んで、燃料補給する―ガソリンとアルコール(酒は疲れをいやす?;「ダリヤミ」の文化 ほか)
第5章 米から麦へ―あらたな飲酒文化(日本人はいつ「米の酒」から離れたか;清酒が市場シェア7割だった ほか)

著者等紹介

右田裕規[ミギタヒロキ]
1973年、島根県生まれ。京都大学大学院文学研究科博士後期課程研究指導認定退学。博士(文学)。山口大学時間学研究所講師を経て、准教授。専門は社会学。近代社会固有の時間経験・知覚について、社会学的な視座から研究を続けている(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。

感想・レビュー

※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。

kinkin

85
明治初期から昭和初期の飲酒事情。農村でも昔はハレの日は村人で酒を飲み、多少の羽目を外しても酒の勢いでやったことでといえば事も収まっていた。それは昭和の50年代くらいまでは、続いていた記憶がある。飲酒運転の今ほど厳罰でなくて、飲み屋で喧嘩などはしょっちゅう起きていたと思う。酒好きが数人集まれば、まずは居酒屋へというのがお決まり。スナックをハシゴして翌日は二日酔いで仕事。それでも夜になると飲んでいた。今の若者はあまり飲まないという。健康には良いと思う。でも植木等の唄の世界も、悪くもなかった。酒飲みの自己弁護2026/01/10

うえぽん

51
社会学者が飲酒と労働・日常生活との関係を歴史的に分析。酒を振る舞い、共に酒に酔うことが、婚礼や祭礼などの非日常(草鞋酒、追酒盛)、田植えなどの共同作業(小昼酒、農酒)に特別な意味を持った江戸期。昼に盛り場で飲み、工場や鉱山ではアルコールの排除が遅れた明治期。アルコールがガソリン代替品として使われた戦中期から昭和中期まで続いたアルコールの労働補完的薬効に係る信仰。当初は滋養飲料として日本酒に代わり受け入れられた麦芽由来のビールの存在。ノンアル・アルハラの時代に、こうした本を飲みながら読み、感想を書く愉しさ。2026/01/03

kuukazoo

20
明治初めから泥酔者の数が公的な統計に残っていることに驚く。また若者の酒でのやらかしが郷土史の文献に記されてたり昔っから酔っぱらいは多かった。近世まで飲酒はハレの時に限られ、酔っぱらうことは非日常であり儀礼的性格を帯びていたが、工業化により労働において飲酒は害とされ、「翌日の仕事に差し支えないよう」労働を前提とした禁欲的・理性的な飲酒が「常識」になった。一方、戦争中はアルコールの薬効が謳われ生産を上げるため飲酒が奨励された。こうした労働と飲酒の関係は日本特有のものなのだろうか。酒のCMを見る目が変わりそう。2026/01/21

iwtn_

6
酒を飲めなくはない人間として、近代の酒飲みの動向に興味があり購入。近代になって雇われて働く、いわゆるサラリーマンが増え、酔いと仕事が両立しなくなってきたらしい。江戸時代などの農民は祝祭的に労働中に飲むことがあったとのこと。街から酔っぱらいが減り、ビールが台頭し、泥酔することは少なくなっていく。また、酒の薬効的な扱いも一定維持されてはいるが、しかしノンアルコール飲料の普及などもある通り、全体的に酒の消費量は減っているようだ。この本を読むから昼から飲んでしまったけど、時代錯誤的な行為だったのかもしれない。2025/12/28

toki

1
本書は近世、明治、大正、昭和と時代ごとにお酒の飲まれ方を様々な資料と共に示すと共に、それを成り立たせる社会の姿が描かれます。その表面を記述するだけでなく、社会の内側を統御する心理も描き出すことによってお酒というものの捉え方が時代ごとに大きく異なることがよく分かります。お酒の消費形式という目線で社会を眺めるとこのように整理出来るのだな、と感嘆したのでした。2026/01/14

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