出版社内容情報
『水俣―患者さんとその世界―』『不知火海』『医学としての水俣病』等,名作映画の作り手の思想と仕事の全貌がいま甦る.
序にかえて 考えるための道具としての映画
? 水俣に出会う
水俣ノート
記録映画作家の原罪
映画と現実とのかかわりについて
映画でなすべきことは何か
『水俣の子は生きている』
? 不敗のドキュメンタリーをめざして
逆境のなかの記録
プロセスのなかの〈作家〉として――映画『留学生チュア スイ リン』の記録
ドキュメンタリー映画の制作現場における特にカメラマンとの関係について
映画は生きものの仕事である
? 時代を刻印する
新聞と新聞紙のはざま――映画『原発切抜帖』のできるまで
映画『偲ぶ・中野重治』をつくるまで
小川紳介とはどんな男か
時枝俊江・人と作品
羽田澄子・その映画の独創と孤立
丸木夫婦の剛きに打たれる――映画『水俣の図・物語』を作って
? 映画の旅は続く
記録映画と行動
映画で出会った川本輝夫との三十年
『みなまた日記――甦える魂を訪ねて』について
おわりにかえて 映画は若い運動である
解説 生きものとしての映画を求めて……………栗原 彬
土本典昭 フィルモグラフィー
土本典昭 略年譜
編集協力= 土本基子氏,小池征人氏
土本 典昭[ツチモト ノリアキ]
著・文・その他
内容説明
「記録映画は、私の場合、ほとんど人と出遭う事業である」。水俣病という複雑で巨大なテーマに挑み、『水俣―患者さんとその世界』『医学としての水俣病―三部作』『不知火海』など現代の古典たる作品群を生み出した映画作家、土本典昭。時代と格闘したその思想と仕事を、一九六〇~二〇〇〇年代に書かれた文章を精選して伝える文庫オリジナル編集版。
目次
序にかえて 考えるための道具としての映画
1 水俣に出会う
2 不敗のドキュメンタリーをめざして
3 時代を刻印する
4 映画の旅は続く
おわりにかえて 映画は若い運動である
著者等紹介
土本典昭[ツチモトノリアキ]
1928‐2008年。記録映画作家。岐阜県生まれ。岩波映画製作所を経て、1963年『ある機関助士』でデビュー。『ドキュメント路上』『パルチザン前史』など意欲作を発表。1965年のテレビドキュメンタリー『水俣の子は生きている』ではじめて水俣に取り組み、一九七〇年代以降、一連の「水俣」シリーズを一七作発表。作品は各国の映画祭に招待されるなど高く評価されている(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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