出版社内容情報
重い病を抱える子どもにとって,生や死はどのようなものとして受け止められるのか.家族や医師にできることは何なのか.ベテラン小児科医が,日々のさりげない話を交え,生きることの辛さとすばらしさを綴る.
内容説明
重い病との闘い―。それは人に生と死を否応なく考えさせる。幼い子どもの場合、その現実はどのようなものとして受け止められるのか。家族や医師にできることは何なのか。ベテラン小児科医が、医療者として内に蓄えてきた思いや日々のさりげない話から、生きることの辛さとすばらしさを飾らぬ文体で綴る。
目次
春(りょうた君;お食い初め ほか)
夏(カルテ;星のクッキー ほか)
秋(運動会;忘れられない日 ほか)
冬(小春日和;トリアージュ ほか)
著者等紹介
細谷亮太[ホソヤリョウタ]
1948年、山形県に生まれる。小児科医。東北大学医学部卒業後、聖路加国際病院小児科、米国テキサス大学総合癌研究所M・D・アンダーソン病院小児科勤務を経て、現在、聖路加国際病院小児科部長
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感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
ヴェネツィア
390
著者の細谷亮太氏は聖路加国際病院小児科部長(2012年当時)。そこで小児癌の治療と小児科のターミナルケアに携わっている。「最後は痛くなく苦しくなく、こわくなくさびしくないように」というのが、この人と医療スタッフの共通した願いだ。連作のショートエッセイなのだが、読んでいると何度も鼻の奥がツンとくる。老人が亡くなるのも、当事者にとっては当然哀しいが、子どもを癌や白血病でなくす悲しみはいかばかりであろう。しかも、ここに描かれている子どもたちは、なんともけなげなのだ。生きる意欲を持ちながら、死をも受け入れるのだ。2019/02/13
へくとぱすかる
64
人の死は悲しい。特に子どもの死は見るにしのびない。小児ガンという病気をよく知らなかったこともあって、驚くと同時に、一人一人の話があまりに切なくて、何度本を閉じて遠くを見ようとしただろう。未来のある子どもが、病気に耐えながら力尽きる個所に来るたび、心で泣いた。小児科医の著者が、何が子どもの患者にとって良いことなのかを考えに考えて、自身も泣きながら見送ったことも、また切ない。終り近く、医学が進んで、しだいに治る病気になってきたことが書かれていたのが救いだった。2019/02/02
hatayan
19
小児科医が綴るエッセイ集。限りある生を生ききった子どもたちが登場します。 「みんながもうしばらく一緒にいたいと言ってくれているのは嬉しいけど、もう疲れた。もう頑張るのやめても良い?」自分の生に折り合いをつけた女の子。最後かもしれない運動会の当日、リレーに出たいと泣きじゃくる子に同情して自分から役目を譲った女の子。 子どもたちに接することで、過去の自分を追体験、生への思索を深めてきたと筆者は記します。 告知、終末期医療などのテーマを扱っていますが、ソフトで丁寧な語り口はほのぼのとした読後感を与えてくれます。2018/10/19
mataasita
12
予定通り船で3冊読了。スマホいじるより遥かに有意義。餃子の話は泣いた。たくさんの死と生を見てきた小児科医のエッセイ。昔父から聞いた話がいくつか出てきてこの本を読んだか連載を読んでいたのだなと思った。小学生のときに聞いた話だからもう30年近く前に聞いた話が蘇ってくるのはすごい。心に残ったことは自分も子どもたちに伝えていかなきゃな。2023-1242023/11/05
🫧
12
★★★聖路加国際病院小児科医師の細谷氏が、主に亡くなった子供たちとのエピソードを書く。 *小児科の看護師の母の本。またわたしは聖路加国際病院でボランティアをさせていただいたり、細谷先生のお話を伺ったこともある。ひとつひとつのエピソードが、子どものパワーを感じた。何度か涙ぐむ。2015/09/28




