出版社内容情報
日本近代文学特有の産物,私小説とは何か.作家たちは芸術の理想と実生活の現実とのギャップにどう対処したのか.鴎外・花袋・藤村・秋声・荷風・志賀・漱石らの私生活と作品の相関を追究した,戦後の代表的私小説論.
内容説明
日本近代文学固有の産物、私小説とは何か。作家たちは芸術の理想と実生活の現実とのギャップにどう対処したのか。この二律背反の観点から、自然主義を淵源とする私小説・心境小説を分析し、鴎外・花袋・藤村・秋声・荷風・志賀・漱石らの私生活と作品の相関を追究した本書は、文学研究の流れを方向づけた、戦後の私小説論の一大到達点である。
目次
問題の発端
私小説の二律背反
森鴎外
田山花袋
島崎藤村
徳田秋声
永井荷風
志賀直哉
夏目漱石
演技説修正
被害者と加害者
芸術家の自由
日常性の快復
愛とエゴイズム
疵は癒されるか
著者等紹介
平野謙[ヒラノケン]
1907‐78年。京都市生まれ。評論家。本名朗(あきら)。東京大学文学部卒。46年、雑誌『近代文学』の創刊に加わり、芸術と実生活、政治と文学の問題を中心に戦後の文芸批評、作家論の指針を成した
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感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
giant_nobita
7
平野は「私小説の二律背反」(昭和26年7月)の中で、私小説を「破滅者の、現世放棄者の文学」である私小説と、「調和者の、現世把持者の文学」である心境小説に二分し、生の危機意識を制作の唯一のモチーフとする両者が、前者では実生活そのものに危機を設定することが昂じて生そのものを破滅させてしまうこと、後者ではかかる生の危機を克服し実生活を調和させることで内発的な制作意欲が沈滞してしまうことを「二律背反」と規定している。しかし同じく本書に収められた「演技説修正」(昭和29年8月)で、この定式の崩壊を自ら証明している。2016/10/28
6
平野謙を読む人は少なくなったが、花袋=平野が設定した地平を我々は果たして踏み出すことが出来たのか。「芸術と実行」の問題をなし崩しにした形で(奥野健男「『政治と文学』理論の破産」)、平野も読まれなくなったと思うが、その問題意識が亡霊的に回帰している現在に於て、昭和10年代の「人民戦線」の可能性と合わせてますますアクチュアリティを持っていると思う。もちろん、小林秀雄の「社会化された私」が、「芸術と実生活」の回答であると平野は考えていたようだが。2018/02/10
ぐろねこ
0
課題で読むように言われたものの、評論というものを丸々一冊読むのは初めての体験で、自分の未熟さを思い知らされた。と同時に、作品と人生のかかわりについて考えるきっかけになった。
lovejoy
0
★★★2024/03/02
僕という草
0
「実生活密著の実生活喪失というイロニイ」多くの芸術においてこれは当てはまるのだろう。私小説に限らず、文学に対して新たな視点をもって接することができるように感じた。読んだことのない小説については、これから読んでみようという興味が湧き、読んだことのある小説については、より多角的な理解が深まった。2023/06/11
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