内容説明
明治二十年代文学における「近代」「文学」「作家」「自己」「表現」という近代文学の装置それ自体を再吟味した論考を全面改稿した決定版。文学が成立して思考の枠組みになる過程を精神史として描き、「起源」を考察しつつ「終焉」の地平までを視野に収めた古典的名著。
目次
第1章 風景の発見
第2章 内面の発見
第3章 告白という制度
第4章 病という意味
第5章 児童の発見
第6章 構成力について―二つの論争
第7章 ジャンルの消滅
著者等紹介
柄谷行人[カラタニコウジン]
1941年生まれ。評論家(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
希望
38
『日本近代文学の起源』は、作家の生涯や作品鑑賞を語る本ではありません。 むしろ、「近代的な自己」はどのように書き表されてきたのか、という、より根本的な問いを投げかけています。 柄谷行人は、言語や語りの視点、そして制度の変化を通して、日本の近代文学は自然に生まれたものではなく、翻訳や西洋の文法、教育制度と深く結びついた産物であることを指摘しています2025/12/16
フム
23
読書会で読んでいる『精神の歴史』の理解を深めるために読んだ。夏目漱石は「文学とは如何なる必要があって、此世に生まれ、発達し、退廃するか」を極めたいと、留学から帰った四年後に講義ノートを元にした『文学論』を書いている。漱石は近代文学自体に疑いを持っていて、彼の作品が当時主流だった自然主義者からは古めかしいとか子どもっぽいものとしか見られていなかったと知って驚いた。近代文学と言えば、まず漱石と習うではないか。漱石には西洋中心主義や西欧の自己同一性というものへの拒絶があり、彼の創作はその理論から派生した。2019/09/28
三柴ゆよし
23
学生時代以来、数年ぶりの再読。これは文学史ではない。ましてその起源に遡及して日本の近代文学を再評価する類の書物ではさらさらない。起源そのものを懐疑し、文学にまつわる有象無象の言説を一挙に相対化する、途方もない試みである。第一章「風景の発見」が、日本近代文学の起源にありながら、すでに終焉を見据えていた作家・漱石に始まっていることは示唆的だ。文学そのものの存在意義が問われてひさしい今日、文学の終焉を叫ぶことすら陳腐になったぬるま湯のなかで、本書を紐解く意義はやはり深い。ひさしぶりに付箋だらけの読書をした。2011/12/20
こうすけ
22
柄谷行人の代表作。近代文学とは、二葉亭四迷の言文一致があって、その後に自然主義があって、その裏で漱石と鴎外がいて……みたいなぼんやりした知識だけ持っている自分みたいな人間の先入観をこなごなに突き崩す。ネーションの成立と文学の成立は不可分である、という視点。いまの自分たちが自明のこととして受け取っている様々な事柄の起源を、明治20年代の文学からあぶり出していく。風景や内面の発見が、近代化における転倒から生まれたと語られる。文章がキレキレであっという間に読んでしまう。批評というものの面白さを教えてくれます。2023/06/28
chanvesa
22
「明治二十年代における『国家』および『内面』の成立は、西洋世界の圧倒的な支配下において不可避的であった。われわれはそれを批判することはできない。批判すべきなのは、そのような転倒の所産を自明とする今日の思考である。」(137頁)という箇所は示唆に富む。随所に内面の発見や告白からフーコー的方法論がはっきりとわかるが、中心の軸として据えられている漱石と鴎外が、内面や「構成」(246頁)をフィクションとして成立させる近代との格闘し、そしてキリスト教やマルクス主義が補助線的であり、逆に変容していったか興味深い。2015/08/20
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