出版社内容情報
東京裁判でA級戦犯被告全員の無実を説いたインド代表判事パル(1886-1967)。その意図をめぐり現在も論争が続く。パルの主張をどうみるか。インドの激動する政治や思想の変遷を読み解きながら、「パル神話」に挑む。
内容説明
東京裁判でA級戦犯報告全員の無罪を説いたインド代表判事パル(一八八六~一九六七)。その主張は東京裁判を「勝者の裁き」とする批判の拠り所とされ、現在も論争が続く。パルの主張をどうみるか。その背景に何があるのか。インド近現代史を研究する著者が、インドの激動する政治や思想状況の変遷を読み解きながら「パル神話」に挑む。
目次
序章 パルをめぐる記憶―日本とインド
第1章 ガンジス川ほとりの村で
第2章 法曹エリートへの道
第3章 東京へ―東京裁判とパル意見書
第4章 明と暗の晩年―国際社会とインドの間
第5章 パル神話の形成
おわりに―神話化を超えて
著者等紹介
中里成章[ナカザトナリアキ]
1946年北海道生まれ。東京大学文学部東洋史学科卒。Ph.D.(カルカッタ大学)。東京大学東洋文化研究所教授等を経て、2010年から東京大学名誉教授。南アジア近現代史専攻(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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kaizen@名古屋de朝活読書会
75
#短歌 #返歌 日本史をさかのぼりつつインドからもらった伝言日本は生かそう #説明歌 パル判事学術極め国際法インドとベンガル立場掘り下げ アメリカと中国ベトナム戦争で裁判結果生かせたろうか 2016/02/21
壱萬参仟縁
9
パル氏を初めて知ったのは、鶴見俊輔『戦後日本の大衆文化史』だったと思う。領土問題も浮上しているが、最初にパル意見書を読みこんだのは家永三郎氏とのこと(10ページ)。柳条湖事件の解析問題。パルは7,8歳のベンガルの村の寺子屋で勉強を習い始めた(25ページ)。その後カルカッタ大学教授として、厳格な教師として模擬裁判をしっかり実践させたが学生の人気は高かったようである(56ページ)。プラグマティズム的法学が社会学的法学(61ページ)。魅力的。侵略戦争と自衛戦争は表裏の関係(119ページ)。東京裁判の論争は続く。2013/02/22
OjohmbonX
7
東京裁判でA級戦犯全員無罪を主張したインド出身の判事ラダビノド・パルの評伝。所得税法の専門家が、一種の手違いで判事に任命され、事後的に国際法の勉強を始める。インドの知識人層、特にナショナリストには中国を侵略した日本への反感があった一方、パルらベンガルの郷紳は力への信仰から弱小国を軽蔑する価値観があり、そのことがインド本国に反する形で日本の帝国主義を擁護した素地となったという。戦後、日本の国粋主義者から、日本無罪論の根拠として利用されていく経緯を実証的に描く。2024/02/11
風見草
6
本書は、意見書の耳心地好い言葉「だけ」を聞きたい人にはつらいかも知れない。出身地ベンガルでの家柄、本来所得税法を得意とする弁護士で代理判事を数年勤めたのみで国際法に通じた人間でなかった事など、パルの生涯を通して意見書に至る背景を探ります。また後半は、日本で意見書が「日本無罪論」として受容される過程をたどり、゙神話゙の成立を描きます。ベンガル語を解する研究者として、ベンガル語資料やインタビューをも駆使してパル判事の足跡と影響を明らかにします。2011/11/03
May
5
賞賛するためのものではない。まっとうな評伝として書かれたもの。東京裁判で日本を擁護した人という記憶しかなかったから、実態とその背後にあったであろうことをきちんと知ることができ、大変良かった。彼は法学者などではなく、「仰せのままに」を信条とする弁護士でしかないから、首尾一貫した考えに基づく判断ができなかっただろうと理解。そんな彼が国連国際法委員会のメンバーになるなどしたのは、様々な国内事情、国際情勢の中で、ちょうどよい人物だったのだろうなぁと勝手に想像。2023/08/12