内容説明
権力との癒着、過熱する事件報道、強まる自己検閲…。マスコミへの不信・批判が叫ばれて久しい。しかし有効な解決策を見出せぬまま法規制の動きも強まっている。いま原点に戻って、ジャーナリズム本来の力、役割を問い直す必要があるのではないか。長年の現場体験を踏まえ、放送、新聞の現状を検証し、再生の道を構想する。
目次
序章 問われるジャーナリズムの権力観
第1章 権力監視はどこまで可能か
第2章 強まる法規制と表現の自由
第3章 ジャーナリズムの自律と自主規制
第4章 放送ジャーナリズムを支えるもの
第5章 世論とジャーナリズムの主体性
第6章 ジャーナリズムは戦争を防げるか
第7章 ジャーナリズム倫理をいかに確立するか
終章 ジャーナリズム再生をめざして
著者等紹介
原寿雄[ハラトシオ]
1925年神奈川県生まれ。1950年東京大学法学部卒業。(社)共同通信社社会部記者、バンコク支局長、外信部長を経て77年に編集局長、85年に専務理事・編集主幹。1986年から92年まで(株)共同通信社社長。1994年民放連放送番組調査会委員長。2000年「放送と青少年に関する委員会」委員長(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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makimakimasa
6
約15年前に読んだ名著『ジャーナリズムの思想』の方が網羅する幅が広い?が、本書でもその基本原則を再認識可。渡邊恒雄を徳富蘇峰に重ねて批判、世論調査の回答率目安は60%、観念の上で国籍を離脱せよ、パンよりペンを選ぶ個人の覚悟(本来は非営利事業)、発表報道の世論誘導リスクに自覚的であれ、メディアスクラムを止めよ(瞬発的事件報道より持続的調査報道を)、社会的意義あれば無断録音も辞さず、きちんとした引用記事は問題無い(全てを自力で賄いたがるとでっち上げに繋がる)、倫理観を持ちながらもコンプラに捉われて委縮するな。2020/05/28
蒼海
4
大手新聞を含む一部のメディアは、政府の指向するところに追随する方向性をとっており、政府発表をただ報道するだけの政府の代弁組織と化している部分が見られる。これは原氏が「日本のジャーナリズム状況は…(中略)…戦争翼賛に足並みを揃え」と言った2009年と比べてやはり何ら進歩していないのである。戦争を防ぐためにジャーナリズムが機能できるとするならば、それは一国のジャーナリストだけでは不可能である。2018/01/28
がっち
4
ジャーナリズムにおいてのこれからの可能性を探る。記者クラブへの批判や、ジャーナリズムの監視能力について問う。ネット化が進んだ現在、ジャーナリズムっていうのはどういう意味をなしているのか、わからないことになっている。そのへんをもう少し示唆してほしかったと思う。内容としては良いが、やはり市民のメディアリテラシーを養うことが急務であると感じる。2013/04/27
Yonowaaru
3
ジャーナリズムの倫理観・使命を考える上で、元・共同通信会長の原さんが綴った一編。最初はむしろジャーナリズムの失敗ばかりが目立ち、虚しくなる気持ちもあったけれど、そこから我々はいかに学ぶべきなのかを考える上での一つの原点。と、同時に未来予測なんてあてにならないことのよい一例。本書の執筆中にアイフォーンが発売され、ネット環境自体も大いに変わったけれど、ジャーナリズムの必要性じたいは相変わらず軽視される世の中。小さくても少しずつ自分の知ってきたことを伝えていく努力を惜しまないで生きよう。2020/09/03
おらひらお
3
2009年初版。やや教科書的すぎる印象を受けた本でしたが、著者はIT化が進み、ジャーナリズムの危機を迎えていると指摘しています。あと、記者クラブ批判もありました。2012/11/09