出版社内容情報
近代以降,労働には喜びが内在すると考えられてきた.だが,労働の喜びとは他者から承認されたいという欲望が充足するときである.承認欲望は人間を競争へと駆り立てる.労働文明の転換を提起する,社会思想史的考察.
内容説明
一日のかなりの時間をわれわれは労働に費やす。近代以降、労働には喜びが内在し、働くことが人間の本質であると考えられてきた。しかし、労働の喜びとは他者から承認されたいという欲望が充足されるときである。承認を求める欲望は人間を熾烈な競争へと駆り立てる。労働中心主義文明からの転換を、近代の労働観の検討から提起する。
目次
第1章 アルカイックな労働経験(古代ギリシアの労働観;アルカイックな社会の労働観)
第2章 初期近代の宗教倫理と労働(貧民の監禁と教育;「貧しい人々」と「人間の屑」 ほか)
第3章 現代の労働経験(労働者の証言;ドマンの解釈と「労働の喜び」論 ほか)
第4章 労働と対他欲望(対他欲望;承認欲望のメカニズム ほか)
第5章 労働文明の転換(余暇の無為から多忙な勤勉へ;勤勉労働への懐疑 ほか)
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
skunk_c
62
22年前の著作。マルクスの労働観に対する疑問から、労働を哲学するようになったとのことで、西洋の哲学的伝統をベースにした論考。労働は古代ギリシアでは隷従的なものと見なされ、初期近代は資本主義化の進展に伴い都市へ出てきた人々が救貧院などで労働者として「教育」されていく。第1次大戦後のドイツでの調査で浮かび上がる「労働の幸福」は、実際は承認欲望(虚栄心とも)が満たされているに過ぎないとする。もうひとつの古代的焼畑集団が、3時間/日の労働で満たされ、残りの時間を集団討議に当てていることに未来を見いだしていく。2026/02/02
venturingbeyond
36
「労働こそが人間の類的存在としての本質を体現するもの」とのマルクス的労働観(=近代的労働観)に、古代ギリシャ的労働観とアルカイックな労働観を対置することで、「労働=苦役」という本質の隠蔽として批判するというのが、本書の大まかなストーリー。ただ、労働に高い価値を見いだす認識は虚偽であり、労働そのものではなく、労働を介しての他者からの承認こそが、人が求めるものであるとする構図には、若干留保が必要なような。2026/03/25
ゆう。
34
著者は、労働中心主義的人間観に疑問を投げかけ、労働が人間の発達にとって重要であるということ、労働が人間の本質であるということに疑問を投げかけている。そして、余暇の可能性について問題提起をしている。マルクスが論じたように資本主義社会の中では労働疎外があり、「過労死」という言葉は国際語となるように労働は人間性をも否定する側面を持つのは事実である。しかし、著者が投げかける疑問は、労働を狭く捉えすぎていると思う。労働は本来的には人間発達の根幹にかかわるものであり、労働と余暇は対立するものではないと僕は思うのだが。2017/11/19
テツ
25
労働に喜びはない。本当にその通り。別に労働なんかにアイデンティティやら自己実現を見出す必要なんてこれっぽっちもない。何のために働く?メシ代と遊興費を稼ぐために決まってんじゃねえか。やりがいとか楽しさとかそりゃあった方が良いけれど、仕事って本来は生きるために必要な賃金を稼ぐためだけの行為だということを忘れちゃいけない。余暇や自由時間を削られたりましてや精神をやられてしまうなんていうのは言語道断だ。仕事関係で悩み苦しむ若者にこそ読んで欲しい。2018/07/11
さり
9
否定から入るのが多い。ニートで彼女に言われたことがわかる。 パノプティコンの例えで労働は個人レベルではなくて、国レベルから働きかけてる部分に趣を置いた。2023/03/15




