出版社内容情報
叛乱軍のリーダーと,国を守る神官との許されぬ恋.カルタゴの傭兵叛乱に想を得た,豪奢で残忍な歴史絵巻.
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
のっち♬
108
舞台は紀元前三世紀のカルタゴ。傭兵マトーは頭領の娘サラムボーへの情念を胸に反乱軍の指導者になる。上巻の前半はザインフをめぐっての侵入劇が主軸であり、既に物の形や色、材質などに対する飽くなき細部描写へのこだわりが尋常ではない。話の筋よりも、緋色の色調を出すために凝らされた様々な意匠が本作の読みどころと言える。戦闘場面をはじめ筆致の高揚感は相当なもので、不気味な名前の投擲兵器を得意げに羅列したり暴力を生々しく描いたりと、静寂が騒音になるような物々しさが全編を覆う。特に時間をかけたという体刑の手筈は殊更に仔細。2021/10/29
藤月はな(灯れ松明の火)
82
劇として観たい位にダイナミック。女神に仕える身であるサラムボーを一目見た事から傭兵隊長マトーは激しい情念に襲われる。傭兵達のカルタゴの報酬の約束の反故や故国への重税への不満が高まる中、愛欲に悩まされるマトーへスペンディウスが焼け爛れるように甘美で苦い毒を耳に囁いた…。マトーがサラムボーへ抱く、自分が壊れるのではないかと怯える迄の愛と賛美、相手を永遠に自分のモノにしていっそ、壊したいという欲望を訴える場面。それはシェイクスピアや『サロメ』を彷彿とさせる台詞であり、マトーの昂る感情の渦にこちらも翻弄される。2019/11/11
星落秋風五丈原
33
大国ローマを相手に、三度戦った都市国家カルタゴ。ポエニ戦争の英雄と言えば、象のアルプス越えで知られるハンニバル・バルカが有名だが、その父ハミルカルも第一次ポエニ戦争でローマとの戦いに全て勝利したにも関わらず、本国の敗北によりローマとの講和を余儀なくされた。勝利すれば賞金が得られる。しかし講和の場合は得るものがない。すると何が起こるか。カルタゴの兵は傭兵であり、彼らはカルタゴというより、ハミルカルに対する忠誠心で集まった者たちだった。 フローベールには珍しく、ラブストーリーはあるものの戦記・軍記もの。2023/09/01
三柴ゆよし
23
詳しい感想は下巻のほうに書くが、終始テンションの高すぎる歴史ロマン。エンタメとしてめちゃくちゃおもしろい。なんだってフロベールは、よりにもよって『ボヴァリー夫人』の次にこんなものを書いたんだ、という気がしないでもないが、そういえば彼の実質的な処女作は『聖アントワーヌの誘惑』なのだった。2020/05/02
みつ
17
この作品の名は、エリック・サティが『3つのジムノペディ』の、横光利一が『日輪』の着想をここから得ているという周辺情報のみで知っていたもの。同じ筆者の「ボヴァリー夫人」や「感情教育」の読後の印象からは結びつきにくく、それだけに気になっていた作品。舞台は戦乱のさなかの紀元前3世紀のカルタゴではあるが、戦乱の場面が遠景に退くと、印象は一変。潮のざわめき、豪奢な宝石を纏ったサラムボー、愛玩する鳥や蛇、等々、静謐な古代世界が現れる。特に第三章の冒頭は、『日輪』が影響を受けたことが明らか。横光はどんな訳で読んだのか。2021/08/05