内容説明
知識とは何か、真にものを知るとはどういう場合を言うのか。当時行われていた三つの知識説をとりあげて批判しつつ、哲学がさまざまな角度と立場からの吟味や思考を要求するゆえんを示す。有名な無理数論やソクラテスの産婆術などのエピソードをまじえた対話篇。日本における本格的なプラトン研究をきりひらいた泰斗による翻訳。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
cockroach's garten
28
知識は何であるかを突き詰めようとした話。主要人物が若いながら怜悧なテアイテトスとソクラテスの二人だけで、少しテオドロスという幾何学に精通した元ソフィストが出てくるが、出番は少ないので実質二人だけの問答である。感覚から始まって感覚をしていないのも知識となり得るかという認識論になって少々堂々巡りをしては結局正しいものこそ思えば知識なのだと帰結した。根源を見つめて徹底的にそれを議論する哲学の仕方を本書からは学べると思う。2017/05/15
さきん
25
知識とは何か、若者テアイテトスとの対話議論を通して深めていく。感じたことを言語化したものを知識とするが、思いなしかつ真、万物流転でも揺るがない事実を知識とすると議論を深めていく。ソクラテスは新たな考えを生み出すために、産婆に例えて、若者へ質問をくりかえして新たな発見を双方が自覚できるようにしている。2024/12/26
Uncle.Tom
20
「知識とは何か」ということは現在もですが、当時では暗黙の了解のようにされていたのでしょう。弁論家・ソフィストの社会的地位が高かったことからも、このことは見逃されてきたところなのでしょうね。"感覚と知識は別物だ"という主張は現代の認知科学にも通じる鋭い指摘だと思います。また、有名なソクラテスの産婆術に触れられたのも興味深かったですね。まさに哲学するという真髄のような語り口です。なかなか苦戦してちょっと思考が追いついてないところが多々あったので早いうちに読み返さなければとは思ってます!2019/01/22
加納恭史
18
アウグスティヌスがプラトンを熟読して内面深く入ったの で、プラトンの哲学もまた深いことが分かり、パイドンやパイドロス以上に別の考察を求めこの本を読む。イデア論の前段階である。知識とは何なのか。感覚から知識を得ても信用できるか。また思いなしもまた虚偽を含むのか。パルメニデス、プロタゴラス、ヘラクレイトスから静かに熟考する。話相手は若いテアイテトスである。あるはある、ないはない。こんなことからも考える。プロタゴラスは言う、「人間は万物の尺度である」。これでは人それぞれだ。ヘラクレイトスでは、万物は流転する。2025/03/25
いとう・しんご singoito2
11
「実践理性批判」きっかけ。「155D なぜなら、実にその驚異(タウマゼイン)の情(こころ)こそ知恵を愛し求める者の情なのだからね。つまり、求知(哲学)の始まりはこれよりほかにはないのだ。」p56の名文句を読みたかったのです。「知識は感覚」という経験論を排除する一方、虚偽の可能性を形式論理の中に模索して行き詰まって観念論の限界も示す、というふうに読みました。2024/04/13