出版社内容情報
『純粋理性批判』『実践理性批判』につづく第三批判として知られるカントの主著.カントは理性と悟性の中間能力たる判断力の分析を通じて自然の合目的性の概念と普遍的な快の感情の発見に到達し,自然界と自由界の橋渡しを可能にするこの原理を確認して壮大な批判哲学の体系を完成した.
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
Major
47
【Note1】-『判断力批判』の概要と意義について- 1790年公刊である。第一批判『純粋理性批判』と第二批判『実践理性批判』によって生じた「自然の必然性」と「自由の主体」という両世界の分断を橋渡しし、批判哲学の体系を完成させる意図をもって描かれた。第一批判において、カントは認識の対象を現象世界に限定した。そこでは主張の一つとして、自然法則が支配する「必然性」が支配的であることを明らかにした。一方、第二批判では人間的存在を道徳的行為の主体として捉え、現象を超えた叡智的世界における「自由」を確立した。→ 2026/01/03
Major
36
【Note3 カント哲学の可能性に関する試論】①カントからマルクスへ: Note2で述べてきたように、この哲学史の一般的な流れとは別に僕はもう一つの流れを観ている。マルクスは自身の著書『経済学批判』序文で次のように述べている。「わたくしの研究にとって導きの糸として役立った一般的結論は、簡単につぎのように公式化することができる。人間は、その生活の社会的生産において、一定の、必然的な、かれらの意志から独立した諸関係を、つまりかれらの物質的生産諸力の一定の発展段階に対応する生産諸関係を、とりむすぶ。→2026/01/04
Major
33
【Note2カント哲学の可能性に関する試論】①カントからマルクスへ(上下巻の内容を踏まえて): 『判断力批判』は『純粋理性批判』と『実践理性批判』との媒介的な結合を本来の課題とする。しかし、このような『判断力批判』の蝶介的位置ということは、この批判書が、先行する両批判に対して、単に平面的にそれらの間の中間を占め、機械的にそれらを結び合わせるということを意味するのではない。両批判書によって自然の領域と自由の領域との間に開かれた裂け目を、人間存在の根底への探究に基づいて埋めるということを意味する。→2026/01/04
1.3manen
17
日本人には批判というのはアレルギーをもつ人もいるだろう。 判断力第一格律は正命題で、『物質的な物とその形式との産出は、すべて単なる 機械的法則に従ってのみ可能であると判断されねばならない』。 第二格律は反対命題で、『物質的自然における所産のなかには、単なる機械的 法則に従ってのみ可能であると判定され得ないものがある』(58頁)。 理性にとって最も大切なことは、自然の産出における機械的組織を放下しない こと、およびこの産出を説明するに当って自然の機械的組織を看過しないこと(99頁)。 2014/03/26
しんすけ
10
一週間前に『判断力批判』の本文を読み終えたが岩波文庫に限ってこれで終わらない。それは一般に普及しているドイツ語PDFにも付属していない旧序文が岩波文庫には付属しているからである。この旧序文は普及版の2倍もの長さで文庫の頁数にして100頁近くある。普及版も50頁だから決して短くはない。旧序文を読むにあたって普及版を冗長にしたくらいだと思っていたのだが、読み進めると、読者はその考え方を捨て去ることを強要される。回りくどくはあるが、省略不可能な文章が連なり、哲学と何かを問わねばならない義務を背負わされてしまう。2018/11/12
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