出版社内容情報
神の存在や本性について、異なる立場の三人が議論をくり広げる。ヒュームの思想理解に欠かせない重要著作。
内容説明
宗教に合理的な基礎はあるのか。知性と善性をそなえた神の存在を論証できるのか。この問いをめぐって、正統派のデメア、懐疑主義のフィロ、自然宗教のクレアンテスの三人が丁々発止の議論をくり広げる対話篇。デイヴィッド・ヒューム(1711‐1776)の多岐にわたる思想的営為のエッセンスが集約された重要著作。1779年刊行。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
buuupuuu
25
自然宗教とは、理性によって宗教的な認識が得られるとする立場である。本書では、被造物から創造主を類推できるとする議論が集中的に論じられる。ペイリーのデザイン論証が思い浮かぶが、ヒュームが念頭に置いていたのはニュートン周辺の人々だったようだ。当時の科学の発展による、自然の精密さの発見の衝撃が、背景にあるのだろう。旧来の宗教的立場は、懐疑により理性の限界を示し、それによって信仰の優位を擁護しようとするのが常だった。だが、本書でヒュームに近い立場と思われるフィロは、懐疑主義によって日常的な安定性へと向かっていく。2025/01/30
壱萬参仟縁
25
クレアンテス曰く、世界は一つの大きな機械にほかならない。無数の小さな機械に分かれていること。小さな機械も、人間の感覚や能力では捉えて説明することができないほど細かく分かれていることが分かる(44頁)。人間社会は、無知と知識のあいだ、自由と隷属のあいだ、富と貧困のあいだを、絶え間なく変転する状態にある(103頁)。デメア曰く、生のそれぞれの段階には弱さ、無力、困窮がつきまといます。生は、最後は、苦しみと怖れのなかで終わります(145頁)。2021/01/30
ミスター
10
傑作。三人の架空の哲学者による自然宗教に関する対話編が本書の内容である。わりと三人の言っていることと対話編の中での立ち振る舞いにズレが生じている点こそ見るべきところだと思う。戯曲風の哲学書として有名なのはプラトンだが、あれはソクラテスという最強キャラクターのノーサイドゲームであって、ほぼプラトンの自説を吐露しているだけだろう。しかし本書がいいのは三者の力関係がわりと均一でどのキャラクターも論破されてキレたりする人間臭さを持っているところだ。プラトンにはない文学的な感性こそ本書の魅力だと思う。2020/04/13
ともブン
9
宗教、とくに一神教に馴染みが薄いため、自分にとっての神とは、というような前提がないままに読み進めるのは大変骨が折れた。特にこの作品は対話という形をとり、最後の一篇以外は3人がそれぞれ自分の思想を語るため、面白く読むにはそれぞれの登場人物のスタンスをよく理解しなければならない。消化不良が否めないのでいつか再読したい。アプリオリ、アポステリオリという言葉の概念が分かったこととセネカやキケロが引用され長く重要な思想家の位置付けにあったことが印象に残った。2024/05/10
Ex libris 毒餃子
5
ヒュームの考え方が分かったような気がします。他の著作にも挑戦しなければ。2020/03/20