出版社内容情報
メキシコ革命の動乱を生き抜き財界の頂点まで登りつめた男の栄光と悲惨.ラテンアメリカ文学の最重要作.
内容説明
メキシコ革命の動乱を生き抜き、経済界の大立者に成り上がった男アルテミオ・クルスの生涯と、かれが生きた疾風怒涛の時代の風景を、内的独白、フラッシュバック、時制と人称の巧みな混用など、様々な文学的手法を駆使して描く、ラテンアメリカ文学の最重要作。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
のっち♬
102
病床にある老人がメキシコ革命の動乱を生き抜いて経済界の大立者に成り上がった生涯を回想する。順不同な時系列、内的独白やフラッシュバックの挿入といった非線形の語りが多様で混沌とした社会を次々映し出していく様はフォークナーを彷彿とさせる。"チンガール"という単語一つからも暴力と蹂躙に塗れたメキシコの悲劇的な歴史が浮かび上がる。重点的に語られる戦場での命や性の駆け引きはその後の社会生活までも闘争として見立てる下地を固めさせたのだろう。「すべてか、無か、それがわしのモットーだ」—三つの人称が縫合されるラストも秀逸。2021/10/02
藤月はな(灯れ松明の火)
83
今年も僅かな中でベスト10の中に挙がった本です。メキシコ革命を生き残り、生馬の目を引き抜く経済界を恥知らずなまでに成り上がった男、アルテミオ・クルスの死の床での意識の流れを描いた物語。同時並行で読んでいた、似たような設定の『マロウン死す』が人間の語りの矮小さと静ならば、こちらは矮小だからこその熱量と動を見せつけてくる。入り乱れる時系列の中で明かされるクルスの過去。そこにはマチョズムの背景にあるメキシコの屈辱の歴史、愛されたかった男の哀しみと家族(特に娘のテレーザ)から憎まれている理由が秘められていた。2019/12/12
syaori
63
死にゆくアルテミオの脳裏に去来する記憶から彼の人生と血と精液と火薬の染込んだメキシコ史が立上がります。それは、人生は幾多の岐路を持つ迷宮で、人はその結果も分らないまま自身の選択により「犠牲にしたもの」、永遠に失った可能性を背負って生きてゆくしかないことも露わにするよう。最期の時に彼は言う「人生を高みから振り返ってみても、何も見えん」。この絶望的な物語が美しいのは、現在のメキシコが彼の「苦しみに満ちた生」の後にあることを、意味を知ることなく消えてゆく一個の生の虚しさと輝きを見せてくれるからのように思います。2021/05/11
おおた
26
読書メーター1000冊目はこの傑作を。三人称は過去、一人称は現在、そして二人称は現在から過去を見はるかす「〜だろう」という予測。マチズモが支配するオールドファッションな物語かもしれないけど、メキシコの抱える昔からの哀しみを抱いて、内輪なのに理解できないディスジョイントを描く。男子は最初の女を忘れられないの、本当にさいてーだと思うわっ2020/07/17
三柴ゆよし
22
これまで読んだフエンテス(言うて四、五冊だが)でいちばんおもしろかった。各所の評判から、さぞかし難物なんだろうと思っていたが、錯時法のあり方は丁寧に整理されていて、これはいつ、どこの話だ? ということにはならない。語りの重層性(錯〈自〉法)とメロドラマ趣味のバランスが絶妙で、死の床にある老人の分裂した自己像を、内的、外的な焦点化を交互に用いつつ、そこに語り手自身の知り得ない(語り得ない)情報や思考をオーバーラップさせることで、個から普遍への情動操作を巧みに成立させている。一言でいうと、滅茶苦茶上手い。2020/08/01