内容説明
「鬼面ひとを脅すバロック的なスタイルは捨て…やっと自分の声を見いだした」ボルヘス後期の代表作。未開の蛮人ヤフー族の世界をラテン語で記した宣教師の手記「ブロディーの報告書」のほかに、直截的でリアリスティックな短編一〇編を収める。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
ヴェネツィア
90
11の短篇を収録。これらはいずれもリアリズム風の作品。主として前半に収められている作品群は、ガウチョたちを描いたマチスモの気配の濃厚な小説ばかり。そこでは人ではなく、むしろナイフこそが主人公であるかのようだ。ラテン・アメリカに固有の歴史と風土が全編を覆っているのだが、最後におかれた2つの小説「マルコ福音書」と「ブロディーの報告書」の持つ辺境感はまさに地の果てだ。リアリズム風を装いつつ逸脱する「マルコ」の怖さと、表題作の、未開以前というまでの未開社会を描きながら、そこにも文化を認める視点はやはりボルヘスだ。2013/06/14
chanvesa
55
決闘や人殺し、勝負の話が多いが、「ロセンド・フアレスの物語」が素晴らしいと思う。勝負にこだわることからのドロップアウト。「腰抜けとよばれても、おれはへっちゃらだ。そうしたきゃ、淫売の子と言われても、唾を吐きかけられても黙っていた、と触れて回っていいぜ。どうだい、これで気がすんだかね?」(53頁)資本主義のチキンゲーム状態に思想的に反発するのではなく、この男のように自分を客観視した時に生まれる「恥ずかしさ」が新しい局面をもたらす。よくある話かもしれない。ちょっと趣を変えれば「モダン・タイムズ」に通ずる。2016/10/30
zirou1984
28
ボルヘスの短編は基本2種類に分けられる。1つは西洋形而上学を自在に駆使して構築される高尚文学。そしてもう1つは、故郷アルゼンチンを舞台にガウチョや荒くれの人生が伝聞されていく口承文学的な作品だ。本書は後者のタイプの作品を大部分とする事で自らをアルゼンチンの土着的文脈に再定義。そしてラスト前の「マルコ福音書」はその民族性が西洋史の起点と交差し超克する瞬間を描き出し、最後の表題作はガリバー旅行記とアルゼンチンの歴史を合わせ鏡とすることで自国文化の非西洋的側面を肯定する。南米の味がするボルヘスもまた、悪くない。2013/07/12
YO)))
25
ガウチョの決闘話など、リアリズムに寄せた中の最後に、ボルヘス的なイリュージョンの置きみやげがあり。 私にとっては、リアリズム側におけるボルヘスみの完成型と思われたが、それはすでにボルヘスみの円環に囚われた身のポジション・リーディングに過ぎないのかもしれず。2018/08/23
長谷川透
24
出端からボルヘスらしからぬ小説の連続に、前書きでの著者の予告されてもなお戸惑った。しかし読み終えてみればこれはやはりボルヘスの小説だ、という印象である。直截的な小説になろうとも、読み易くなろうとも、乾いた無駄のない文体はボルヘス特有のものだ。そして、これもボルヘスを読むときにいつも共有することだが、ピンと来ない。全くというわけでもないが時間をかなり隔てて効いてくるのだろうと思う。今回も例に違わず即効的な衝撃を得た作品は皆無だったがボルヘスが自信作と言う「マルコ福音書」が何かを秘めていることだけはわかった。2013/06/26