出版社内容情報
どんな不幸にも決しておおらかな気持ちを失わず,馬鹿がつくほどの正直者で他人のためにただ働きばかりしているお人好しの老女.無限のいつくしみをもって描かれたこの『マトリョーナの家』の主人公の姿には「古き良きロシア」のすべてがぬり込められている.ほかに『クレチェトフカ駅の出来事』『公共のためには』など珠玉の三篇.
内容説明
どんな不幸にも決しておおらかな気持を失わず、馬鹿がつくほどの正直者で他人のためにただ働きばかりしているお人好しの老婆。無限のいつくしみをもって描かれたこの『マトリョーナの家』の主人公の姿には「古き良きロシア」のすべてがぬり込められている。ほかに『クレチェトフカ駅の出来事』『公共のためには』など珠玉の3篇。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
syaori
69
短編集。作者は「公共のため」という建前の下に建設中の校舎を国の研究所に斡旋して栄達を目論む人物や仲良しの死を嘆いた直後に死者が約束していた財産に言及する人物などから人の虚栄や打算を抉り出してみせ、だからこそ純粋に隣人を愛し彼らに利用される善良な老婆や自分の地位を投げ打っても義を通そうとする人物が印象に残ります。しかし作者の視線には、そんな打算や思惑に呑まれる人の弱さを、正義のために踏みとどまる強さを、またそれらが織りなす悲喜劇を愛おしむものがあって、本書でも強く弱い人間への愛に満ちた何かが胸に残りました。2025/03/25
cockroach's garten
23
ソビエト戦後期の代表的亡命作家のソルジェニーツィン。彼は元々反体制的な思想は持ち合わせていなかったが、些細なことからスターリン批判をしたとして流刑を経験した。中央政府からのこうした理不尽さと不正が都合よく処理される不正義の蔓延が彼の創作活動の源となった。人間の傲慢と怠慢がどの作品にもしれっと入り込んでいるように思えた。2020/01/03
Kotaro Nagai
16
ソルジェニーツィンの作品を読むのは初めて。「マトリョーナの家」「クレチェトフカ駅の出来事」「公共のためには」「胴巻のザハール」の4篇を収録。読む前は、ソ連から追放されたノーベル賞作家というくらいしか知識がなく、漠然と哲学的で難解な文体で読むのに時間がかかるのではと思っていました。全くの杞憂でした。ソ連時代の1963年に発表された3篇はどれも人物の心情描写に血の通った暖かみがあります。特にスターリン体制下をあつかった「クレチェトフカ駅・・・」では、教養ある善人の中尉が過ちを犯す過程の描写は鋭く感銘しました。2021/09/04
春ドーナツ
13
官吏たちは判断を決することができず、フルシチョフが裁可を下して雑誌掲載された「イワン・デニーソヴィチの一日」。全世界が衝撃を受けたデビュー作以後、国外追放処分を受けるまでにロシア国内で発表された4点が収録されている。「公共のためには」が同時代を扱っていて、官僚機構の硬直化というか、幹部の実績稼ぎのためには、ヒューマニズムなぞ一切省みるものか、という、どの政体なのかに関わらず、そういうことあるよね、ということが淡々と、というか、諦念の筆致で描かれている。カール・ポパーは、どれだけ醜悪な結果を招こうが、民主制2025/01/09
アトレーユ
12
コルィマ〜の流れで読みたくなり再読。 『イワン・デニーソビッチの1日』でもそうだが、人造の過酷な環境の中でも(もちろん自然環境も過酷な地だ)、人への優しい眼差しを感じる文章。親が自分の子供を密告して連行させるような時代、言いがかりだけで、あるいは言動を曲解し15年の刑期をくらう(銃殺されないだけマシな)時代。不屈の精神だの正義だの、わかりやすい形での表現はほぼない。が、根底にある優しさを感じる。「クレチェトルカ駅の出来事」が今回は気に入った。義を通す行動と小市民的な心の中での姑息さの対比がおかしかった。2019/04/16