出版社内容情報
この一編は周知の如くゴーリキイの名を永遠に光輝あらしめた名作であり,一貫した筋はもたぬが木賃宿の内外を舞台として社会のいわゆるどん底にうごめくさまざまなタイプの零落者を描く四幕劇である.そこには死があり,恋があり,殺人がある.温情,葛藤,嫉妬等あらゆる人生の要素があり,人間生活のいたいたしい断面がある.
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
NAO
64
ほら穴のような地下室を貸部屋にしている貧しい木賃宿に住む人々と宿の主人夫婦による群像劇。どん底の生活に絶望しながらも、その境遇に慣れてしまって人生を諦めきっている人々。何とかそこから這い上がろうともがいている人々。 だが、貧しい暮らしと世間のしがらみは、おいそれと断ち切ることはできない。『どん底』にはこれといった筋がないし、主人公もいない。だが、登場人物たちの苦しみ悩む姿は、彼らの境遇が特殊なものだったにしても、多くの共感を呼ぶ深い悲しみにあふれている。2024/09/20
aika
55
荒廃した地下室から沸き上がる人々のかまびすしさの中に、たとえ何かの拍子に貧困と堕落とに身を落としてしまっても、善く生きたいという渇望を心から抱くのが人間なのだ、と感じました。暴力的で義妹を虐待する木賃宿の亭主・コストゥイリョフ一家を揺るがす大事件が起こっても、社会のどん底で生きる彼らにとっては、大した出来事ですらない。 この世の地獄に光を注ぐ老年の巡礼者ルカの存在と、悲運な運命を辿ることになるペーペルの「自分で自分を尊敬できるような生活を、しなきゃならねぇということだ…」という言葉が重くこだましました。2020/03/26
mt
39
戯曲の楽しみは、舞台化を想像できることにもあるだろう。その意味で本作は、まさに想像できる作品であり、即ち優れた戯曲と言える。社会の底辺で暮らす人々の貧苦な住まいでは、汚い言葉で罵倒したり罵られたり、ときには掴み合いも起こる。飾るものを持たない人々の言動は、ときに鋭く真理を突く。突如現れ、いつの間にか去った巡礼者ルカの言葉は人々に変化をもたらせた。作中の貧者と同じような生活を続けたゴーリキイがルカになり変わり励ましている訳ではなかろうが、どん底生活から抜け出たゴーリキイだからこそ書ける視線を感じた。2015/11/13
魚京童!
30
どん底は笑うしかない。こうした話は実感がわかない。笑うしかないし、笑えない。違うな。ロッテと同じことを言っていても、実感がわかない。どん底だから。うまく言葉にできないけど、ロッテと何が違うのだろうか。生活ができる中での余裕があって、足らないのと、そもそも足らないのでは考え方が変わってくるのだろうか。どん底まで行ったことがない。だって笑うしかないと思うから。まだまだ落ちることができるのだろう。人間はどこまでも落ちることができるけど、どこまでも笑うことができるのだと思う。2024/05/25
シュラフ
30
木賃宿の人々のどん底ぶりに戸惑わされる。はたしてどういう感想を持てばよいのだろう。"人生とは暗い牢獄のようなものである"とか"貧困をもたらした社会が悪い"とかいう感想を持て、というのだろうか。厭世家や左翼が喜びそうな戯曲である。人々に希望がないからどん底なのだ。人生に希望とかその意味とかを見出すのは、あくまでその個人の心持に頼るしかない。カネを持っているとかいないという問題ではなく、自らのどん底ぶりを嘆くのはその精神の負け組である。もちろん個人の力ではいかんともしがたい不条理はある。それでもあきらめるな。2016/11/23