出版社内容情報
現代のファウストに擬せられる一天才作曲家の,芸術家としての悲劇的生涯に托して作者が追求するものは何なのか.芸術の不毛と孤立とを娼婦からの病毒感染による霊感という「悪魔との契約」によって乗りきろうとして破滅する主人公.ナチズムの毒に冒され破滅へむかってつき進むドイツ,重い時代の流れがたくみに描かれる.
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
やいっち
56
構成構造が複雑で一回では理解しきれない(自分には)。 主人公のモデルは、ニーチェ(梅毒などが原因で狂気に至った)やシェーンベルク独特な音楽理論実践者)ということで、興味津々だったが、音楽理論は、マンによると、アドルノの音楽哲学に拠るところが大だとか。これまた小生には理解できない。 2014/03/21
春ドーナツ
17
「厳格作法」に関するアドリアンの意見:「その表徴はこの歌曲の至るところに見出され、この歌曲をまったく決定しようとしている」(39頁)「魔人的(デモーニッシュ)」の響きが通奏低音のように感じられ、彼の後半生の暗示ではないかと勘ぐる。物語は不穏の蓄積に終始している。崩壊と解放は合わせ鏡みたいに永遠に継起するとでも言うのだろうか。「ぼく(アドリアン)の運命と対峙することのできるような場所が指示されないものかと聞き耳を立てています」(73頁)その場所とはイタリアである。運命とはメフィストフェレスの換喩なのかしら。2019/03/18
てれまこし
3
天才は宇宙の住人である。その精神は文化や教養などといった市民的な怠惰や瞞着から解脱して、真に普遍的なものを求める。家族や民族共同体の因習などに束縛されることを拒み、神の世界に肉薄する。しかし、神が創造したもうた宇宙には悪魔も場所を得ている。精神の反対は野蛮ではなく、共同体なんである。善は、真の創造は、悪から、病から生まれるんである。神に肉薄するには、この悪魔の助けを借りなければならない。精神的に「より高く」あろうと目指すドイツは、逆に精神を棄てて獣たろうとするドイツへと滑り落ちる。文化や教養は見捨てられる2018/12/09
ソングライン
2
第一次世界大戦前から戦時のアドリアンと彼の友人たちに起こった出来事が回想されます。途中、アドリアンの手記の中で、彼の音楽に対する才能は悪魔との契約の結果であると語られます。これがファウスト博士とタイトルをつけられた理由なのでしょうか。アドリアンの人間性がわからぬまま下巻へ。2016/05/25
黒猫グリ子
0
中巻読了。ゼレヌスの言葉でなくアドリアンの手記という形で悪魔との対話を主観的に体験する。が、元々なぜアドリアンは娼婦のもとへ向かったのか、妄想旅行はファウストのごとき悪魔との実体験だったのか、対話以上に気になる場面も多い。田舎での半隠遁生活を始めるアドリアンと第一次大戦(及び第二次大戦)に翻弄される周囲の世界。個人、民族精神の「打開」、求める音楽への「打開」。理想を求めつつ世界もアドリアンも時代と悪魔に蝕まれてゆく。2015/06/11