出版社内容情報
ドイツ自然主義の若き闘将ハウプトマンが本来の詩魂を抑制しがたく,決然として旧套を脱し,深き象徴の世界へ歩み入った転機の作品.因襲の谷と創造の山巓との間に引裂かれて流血する芸術家の運命を主題とするこの劇は,また近代人悲劇の代表的表現である.山の魔精の活躍する世界の詩情の豊かさは比類がない.
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
HANA
65
沈む鐘の伝説は世界各地にあり、妖精の娘と鐘造師、異界と現実界との恋物語もまた普遍的な物。それを組み合わせたロマンティシズムに溢れた四幕の劇なのだが、こういう象徴に満ちた台詞回しと異界への魅力溢れた多神教的な世界は好きだなあ。結末も約束に満ち溢れているとはいえ好き。作中では谷と山、現実と芸術という二項対立が描かれているが、個人的には上天の光に憧れてそれでも地上の生活に引き摺り下ろされるイカロス的な悲劇を感じたものである。あと鏡花の「夜叉ヶ池」に影響を与えているそうなので、そちらの点でも興味深かったかな。2019/04/24
T. Tokunaga
2
舞台であつかうには複雑で唐突な筋だて、訳の文体のおさまりの悪さ、それを凌駕する劇的迫力。2022/04/24
Nemorální lid
2
写実劇の大家となっていたハウプトマンの中に潜在的に眠る高貴への欲求、それが顕著に示された『沈鐘』は彼の魂にゲルマン精神と希臘精神の血が混ざり合っていることを確信させる。 因襲的な『谷』と創造的な『山顚』の二項対立は芸術家ハインリッヒの苦悩を通じて問題提起をしていると考える。アポロンとデュオニュソスの対立とも言える"理性"と"陶酔"の構造こそがハインリッヒを引裂くのだ。鐘の音が響き渡って、この構築に一層の悲劇性を付与する。 根源感動的精神と理性的精神は相容れない…殊に近代社会の象徴劇だと思える作品である。2018/03/16
星屑の仔
2
セリフのテンポと表現の妙もあり幻想めいた作風であるが、そのストーリは現実そのものだと感じた。 人間は挫折し落ち込めば行きながらも生きることを諦め自己憐憫におぼれるし、そこから立ち直れば自己のキャパシティを大きく外れることもお構いなしに自己陶酔に酔う。そして本来持つべき大切なものすら平気で投げ捨てる。そしてそれらを失い手遅れになってから最後に気づく。遠回しに我々人間の衆愚さを陰で作者が笑っていそうな、そんな作品。2017/06/09
寛理
1
ハウプトマンの戯曲は『織工』を読んだことがある。織工はストライキを賛美した、社会主義リアリズムの先駆的な作品で、久保栄が訳していた。だが後期の『沈鐘』となるとロマン主義化しており、ドイツ的な魔女が登場し、芸術家が美女に誘われ天界に上る話になっている。鏡花の『夜叉が池』に影響したことで知られるが、怪物たちの滑稽で幻想的なやりとりという点では鏡花の方が面白い。訳者の阿部六郎は成城高校のドイツ語教師で中原中也や大岡昇平とも交流があった。2020/11/24