内容説明
「古昔は人のみちみちたりしこの都巴いまは悽しき様にて坐し」。ひさしぶりに再会したセバスチアンは、別人のように面変わりしていた。崩壊してゆくブライズヘッド邸とその一族―華麗な文化への甘美なノスタルジア。英国の作家ウォーの代表作。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
ケイ
113
前半と後半はまるで違うストーリーのようだ。セバスチャンが離れてしまってからは文章も色褪せてしまったような印象。代わりに妹がくる。下巻p151「私の主題は思い出なのだ。それが戦争中のある灰色の朝、私の周りから鳥の群れのようにいっせいに舞い上がった」。語り手の思い出語りは、ゼネストに第二次世界大戦を経てトーンががらりと変わり、それはウルフの「灯台へ」のようだ。思い出の別荘で残ったものは、形だけでなく精神の拠り所としても、カトリック、つまり宗教だった。しかし、それは愛の欠けた形骸に過ぎないものに、私には見える。2023/09/12
星落秋風五丈原
53
皮肉な事にばらばらになった家族を立ち直らせるのもまた、不在の母=カソリックの信仰である。あれほど堅苦しい母を嫌っていたセバスチアンの最期は僧院だ。ジュリアは放蕩息子だった父親の臨終の際の行為によって「神を相手に、神と対抗できるほどの幸せを選ぶということはできない」とチャールズとの別離を決める。グレアム・グリーンの『情事の終わり』に続き、神に敗れた男がまた一人…と思っていたら、当のチャールズでさえ、再び現代に戻った場面では、戦争を経ても同じ姿のままのブライズヘッドのチャペルに跪く。裏テーマはカソリック賛歌。2018/09/26
SOHSA
53
《図書館本》美しい英国の風景と人の愚かさ、醜さのコントラストはやがてひとつに収斂され融合され、時の彼方へと押し流されていく。果たしてこれは護教小説であろうか。作品の奥に潜んでいるように見て取れるある種のニヒリズムは語り手の心理の反映だろうか。融合の果てには栄華の残り香、煌めきの残照が漂うばかりだ。繰り返す波音は読み終えた後も暫くこだましている。失われた時を求めていたのはプルーストばかりではなかった。ウォーもまた。2018/08/31
syota
38
上巻の青春編に続き、下巻は大人の恋編。父の侯爵も兄のセバスチアンも妹のジューリアも、カトリックの束縛を嫌い奔放な暮らしを続けたが、最後には神のもとへと戻っていった。唯一最後まで神に懐疑的だったチャールズにも、変化の兆しが現れる。往年の輝きを失いつつも栄華の残滓が消え残る現在のブライズヘッドは、英国貴族文化の落日を象徴しているかのようだ。しっとりと心に染み入る結末が心地よい余韻を残す。あの冷笑的で辛辣なウォーが、こんなにストレートでオーソドックス、保守的とさえいえる作品を書いていたことに驚く。2017/11/25
syaori
38
滅びゆく上流階級と遠い青春をノスタルジックに描く美しい小説でした。この作品をきちんと理解するのは英国でのカトリックの立場とカトリックの信仰を知らないと難しいのかもしれませんが、知らなくてもこの物語の美しさは変わりません。信仰に関するセバスチアンやジューリアの苦悩、信仰に生きるコーデリアの姿は青春の日々や恋、衰退していく一族の様子と複雑に絡まり合っているのですから。「いまは悽しき様にて坐」すブライズヘッド邸を歩くとき黄金の時代が遠くなったことを実感しますが、それゆえにこの物語は魔法のように美しいのでしょう。2016/05/30