出版社内容情報
絵を描きたい一念でロンドンの幸福な家庭から突然姿を消した男,ついには文明社会から逃れて太陽と自然の島タヒチに身をひそめ,恐ろしい病魔におかされながらも会心の大作を描いて死んで行った男がこの作品の主人公である.フランスの画家ゴーギャンの生涯にヒントをえて創作したといわれ,モームの代表作である.一九一九年刊
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
藤月はな(灯れ松明の火)
114
ポール・ゴーギャンが画家になる事を決意してからの事をモデルとした、夏目漱石の『こころ』と双璧をなすほどのエゴイズム小説。だけど、人は全てをかなぐり棄ててもどうしても抗えない衝動に駆られる事がある。その衝動を叶える為には人の事なんて考えられなくなる程に。だけど、そうして突き進む人間はそうできずに偽善的に振る舞うしかない人間にとって一種の好意と畏怖を抱かせるものである。そしてタヒチでの暮らしやアタの求婚しにきた場面で見せた表情できっと、彼にとって進んできた道は間違っていなかったという決定打となったのだろう。2017/03/04
のっち♬
78
ポール・ゴーギャンをモデルとした、安定した生活を捨て死後に名声を得た画家の生涯。法や秩序の観点からいかに悪人であろうと、芸術家にとっては抗いがたい魅力を放っているのは古今東西において普遍的な現象だろう。「本質が分かるためには、芸術家と同じ魂の痛み、創造の苦悩を体験しなければならない」とする著者、六ペンスから月へのアプローチに要求される試練や代償はそれ相応だ。傍若無人なストリックランドの絵画に対する狂気じみた執念は慎重な距離を置きながら凄みを利かせている。描かれる異性関係から著者の女嫌いの度合いが窺える。2018/03/04
かんちゃん
42
ゴーギャンの生涯から物語の枠組みを借用した作品だが、登場人物の個性はまったく別物だ。ストリックランドを理想主義的な変人として描くことで、物質的豊かさばかりを求める都会人を痛烈に皮肉っている。ダーク・ストルーヴの田舎くさい馬鹿正直さもまた印象的だ。ストルーヴを侮り蔑む都会人の醜悪さとのコントラストが面白い。果たして、タヒチの人々の鷹揚さがストリックランドの芸術性を開花させる。モームの書きたかったことも、文明と未開、都会と田舎、束縛と自由などの対比だったのではないか。2016/05/08
テツ
37
平々凡々で満たされた人生を生きていたストリックランドが突然美に目覚め周囲に構うことなく今までの世界をかなぐり捨てて己の美を追求するために絵を描き続け、そして本来自分があるべき場所を求める物語。独善的な生き様は嫌悪するべきであるのに、ただただ自分自身の内なる声に正直であろうとし、本来の自分を、本来自分が在るべき場所を探し続け咆哮するストリックランドの姿には憧れすら感じる。タヒチに辿り着きハンセン氏病に犯されながら壁に描いた最期の絵。生の終わりにようやく到達した本当の場所。2019/01/11
佐島楓
33
久々の海外文学作品。絵であっても文字であっても、そこに刻み込まれるものは人生そのものなのだということを改めて認識できた。時間の流れと芸術への情熱、生きていくこと。物語の中で体感させていただいた。2014/08/20