出版社内容情報
「死があたかも一つの季節を開いたかのようだった」(堀辰雄)――その時,溢れだした言葉,書かれずにおれなかった物語.明治・大正・昭和を短篇小説で織るシリーズ第一回刊行の本書には,井伏鱒二・横光利一・北条民雄・岡本かの子ら昭和2年から17年までの16篇を収録.(解
内容説明
芥川の死、そして昭和文学の幕開け―「死があたかも一つの季節を開いたかのようだった」(堀辰雄)。そこに溢れだした言葉、書かずにおれなかった物語。昭和二年から一七年に発表された、横光利一・太宰治らの一六篇を収録。
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感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
藤月はな(灯れ松明の火)
47
生存の為に状況に適応せざるを得ない自我がはみ出してきそうな小説とプロレタリア文学が多く、収録。特に「待つ」は予感に震える自我が今にも身体から溢れて零れ落ちそうな、弾んだ文体が印象深い。そしてこの語り手の年齢を変えると読み心地が変わってくるのも不思議である。「施療室にて」で獄中に行く前に産まなければならない女に赦しを請う男に情けなさよりも愛情が募る様子、子供を失ってから獄中に送られる悲哀と静かな反骨心の屹立の様子が力強い。「闇の絵巻」は暗闇の描写は本質を捉えており、白眉だ。2024/03/24
みつ
31
昭和時代、戦前から戦中の作品を収める。横光『機械』、太宰『待つ』のみ既読。この時期、暗い世相の一方、短い期間ながら大衆文化も花開いたはず、ではあるが、それを窺わせる作はない。治安維持法下の政治への抑圧があり、貧しさと病苦とそれゆえの投げやりな感情が蔓延した時代背景ばかりが前面に出る。数度目の読書となる『機械』は文字面から異常で、ささくれだった神経が綴る独白は奇妙に捻れたユーモアさえ感じられる。佐田稲子の『キャラメル工場から』は、舞台は工場に変わりながらも、明治期の悲惨小説を想起させる。室生犀星の『あに➡️2024/01/13
松本直哉
31
再読となった中島敦の「文字禍」がやはり一番面白い。アッシリアの図書館というよりは瓦屋のような粘土板の重なりの中からゲシュタルト崩壊を起こして人間の与えた意味を離れた文字たちがぞわぞわと動いてひそひそしゃべりだすさまがシュール。文字を覚えた人間が却って文字の奴隷となり、女という字を覚えた人はもはや女の影を追うに過ぎない。文字の発明とともに人間の堕落が始まる話は「荘子」の、聖人の書物を古人の糟粕と断じるところを思い出す。破局的な結末も人間の文明の行く末を予見するかのようだ。李陵や山月記よりも好きだった。2017/07/31
長谷川透
23
日本近代小説を読む機会がなかったからこの時代の作家を一望網羅できる本書は大変有難い。読む機会がなかったというよりは避けていただけだろう。日本の戦争文学もプロレタリア文学も、国語の教科書に掲載されるような紋切型ばかりだと思っていたから。ところが読み始めてみれば日本近代文学の多彩さに驚いた。時代故に暗澹とした雰囲気がどの作品にも漂うが直截的に肉体に突き刺さるような声を持つ作品(「施療室にて」など)もあれば、幻想色の強い作品(「死の素描」など)まで多岐に渡る。なお編者は近代文学の始まりを芥川の死と定義している。2012/11/21
あなほりふくろう
20
なんといっても「いのちの初夜」だが、これは角川文庫でまるまる一冊読むことをお勧めしたい。堀辰雄は「風立ちぬ」とは違った、仏文的な洒落た感じに意外性と新鮮さをを覚える。中島敦も「李陵・山月記」の人かと、どこか言語SFなノリで読んでしまった。牧野信一「ゼーロン」特に深いものは感じなかったが、これは滑稽というかおかしみをもって。室生犀星、深いところにある兄妹同士の理解と愛情。一方で何編かあるプロレタリア文学には、人物に共感し辛いのか、反抗の方向性が気に食わないのか、自分には合わないな、というのを改めて実感。2016/02/28