内容説明
欧洲の旅空の下、愛を育んだ矢代と千鶴子。しかし帰国した二人の結婚には、古神道とカソリックというそれぞれの信仰が障壁として立ちはだかる。さらに家柄の違い、戦況の悪化も重なり…。第二次世界大戦の前後十年、戦前の日本と戦後のアメリカによる言論統制下で書かれたこの未完の長篇は、作者自身の懊悩の結晶でもある。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
Willie the Wildcat
65
未完の大作。上下巻の巻末にリストされた『占領期刊行』との差異が示す著者の政治・宗教・思想への問いかけ。故に、変革期真っ只中での東野の講演で終えるのもアリ。表題は、向き合い方次第で幻影ともなるが現実ともなる。久木男爵と槙三が、直接・間接的に齎した光。帰国者の”みそぎ”。松濤公園がその一助となり、停留所の欅が表題の幻影と共に消え去った感。揺れ動く心情は、時勢を考えれば仕方のないところだが、白蟻と自身の結婚を重ねる件は少々シニカルすぎる。GHQ要求による書き換えへの氏の心情。これもまた表題と言える気がする。2019/09/21
NAO
59
上巻では第1篇、第2篇と、ヨーロッパを舞台にして描かれていたが、下巻は矢代のシベリア鉄道での帰国から始まる。そして、ヨーロッパで互いに意識し合った矢代と千鶴子の信仰の違い、家の格差についての意識、矢代の自分自身のルーツを辿るという展開になっていく。だが、上巻はまだ読み応えもあったのだが、下巻になると話の一貫性が無くなってしまったように思う。2023/09/18
ソングライン
14
帰国した矢代と千鶴子は異国での刹那の恋で終わることなく、お互いの愛を深め、神道とカトリックの信じる神の違いを認めあい、婚約に至ります。帰朝した後の母の故郷への訪問、結婚を決意した後の父の突然死と納骨のための故郷への旅、千鶴子の親族との対面、そして母への結婚の決意の表明など物語は進んでいきます。両家の宗教や家柄の相違に悩む矢代の心理を作者は丁寧に真摯に描いていきます。千鶴子の親しい人々に紹介された晩餐で矢代が語る道徳と科学の対立論に惹かれますが、戦中戦後の彼らの生き方が読めないのが残念です。2021/10/20
ken_sakura
5
下巻はちとかったるい(^◇^;)矢代と千鶴子が家柄や信条に悩む展開。舞台は日本に脇役は入れ替え。結婚を約した二人が異国から引き戻された現実を色々捏ね回すので面倒(^。^)「早くかっとばせ」と野次りたくなった。恋愛小説のつもりで読んでいたので、文化論は暴投に映った。投手(著者)を「早くかっとばせ」と野次りたくなった(錯乱)古めの心象中心の物語は、人の心が時代や社会でそうそう変わる訳では無いことを自然に伝えてくれて、何だか心強く感じた。日本人を描いた物語と解釈。良かった。薦めて下さったおもしろ本棚の先生に感謝2017/06/22
amanon
3
うーむ…もう少し何とかならなかったという思いが拭えない。確かに上巻に比べると、舞台が日本になったということで、幾分緊迫感が薄れ、だれた感が否めないが、それでも矢代と千鶴子のやり取りに伺える繊細な機微や、時折なされる文明や文化についての議論など、読み所が少なからずあるにせよ、上下巻合わせて千二百頁分も話を引っ張っておいて、それでもなお未完というのは、いかがなものか?という気にさせられる。大方ハッピーエンドになりそうな流れでありながらも、時々不穏な要素も潜ませているのが、余計に気になる。久慈の存在が暗示的。2024/06/24