出版社内容情報
生きる意味を見出せない青年は、田園の隠者となり、ひたすら自然の喚起する生命力を凝視する。倦怠と情熱、青春の危機、歓喜を官能的なまでに描いた浪漫文学の金字塔『田園の憂鬱』。佐藤春夫(1892-1964)が一躍脚光を浴びたデビュー作にして、文豪の代表作。大正文学の到来を告げた近代文学屈指の名作(解説=河野龍也)
内容説明
都会の生活に疲れた青年は、妻と犬猫を連れて田園に移り住む。隠者となり、ひたすら自然の中に生命の実相を凝視する日々。青春の渦中にいる若者の倦怠と情熱を、官能的なまでに描き出すロマネスクの極致。佐藤春夫(1892‐1964)が一躍脚光を浴びたデビュー作にして代表作。絵画的感性を駆使して小説に挑んだ近代文学中の名品。
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感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
HANA
65
再読。都会から田野に引っ越した主人公の内面を、変化する自然と共に綴った一冊。先に読んだ時は大正文学特有の鬱々とした主人公の心理描写に辟易しながら読んだのだが、今回読み返して目に付いたのは何と言っても自然の描写の数々。解説で絵画的と評されていたが、田園の鮮やかな四季を描写した数々の文は本当に眼前に目の当たりにするよう。特にフェアリーランドと名付けられた丘の描写等はもう…。ただやはり巻末に近づくにつれて、陰鬱な心理描写に比重が置かれるのだけど。大正期特有の文学と名文ともいえる文章、堪能することが出来ました。2023/02/17
二戸・カルピンチョ
20
佐藤春夫を手に取ったのはなぜだったかはっきりわからないが、多くの文豪と何かしら繋がっている人だったからかも知れない。私小説らしくドラマチックな展開もないのだが、自然描写を通しての心理描写、若しくは自然から心理を揺さぶられる少々病的な主人公の繊細さが不思議と先を読ませる。読者はゆったりのんびり主人公と鬱々と下降していく。人が願う願い事がそれぞれの理想を人生として完結させるためであるならば、それはそう願いが叶うことなどないのだろう。2023/09/22
春ドーナツ
14
題辞にエドガー・アラン・ポーの詩があった段階で「察しろよ」と言われるかも知れないが、浅学なもので本書後半から花開く「官能的なまでに描き出すロマネスクの極致」(表紙梗概抜粋)に驚嘆す。スーラの点描画を彷彿とさせる極微的空間描写は読書の愉悦を与えてくれる。帯によると生誕130年で同書はほぼ一世紀前の作品なのだけれど、とてもそうは思えない。時代を超越する、いつの世に読んでも現代性を感じさせる一篇だと個人的に思う。自然主義じゃない、空想に委ねた小説なんて拵え物だと文壇で低くみられたそうだが、旗手の哀しみですね。2022/11/29
Kotaro Nagai
5
本作品は大正8年、著者27歳のデビュー作である。物語の主人公は23歳の著者自身である。都会の生活から田舎暮らしにあこがれて田園(ちょうど今の田園都市線沿線)に移り住む。田舎で暮らすうちにいろいろと問題が持ち上がる。暮らしのこまごまとしたこと、近所の人々との付き合いなど今とそう変わりない。そうした中で夢とも幻影ともつかない不思議な映像を見るようになる。このあたりの描写は粗削りながら大正初期のほかの作家には見られない新鮮さがある。著者自身当時を回想する「追憶の田園」(昭和26年)、谷崎の序文も併録。2024/04/14
糸くず
5
都会の喧騒から逃れるために田舎に引っ越してきた若い男とその妻。しかし、実際の暮らしは理想とは程遠く、先の見えぬ不安と焦燥から男は次第に病んでいく。とっくの昔に聞き飽きたような粗筋でありながら、佐藤春夫の画家としての力が存分に発揮された濃密な風景描写、不眠による幻視・幻聴の描写が、夢見る若者の期待と絶望を見事に表していて、とにかく面白い。ドッペルゲンガーや眼前に浮かぶミニチュアの街の場面などは、幻想小説として読んでも十分楽しめると思う。2023/05/19