出版社内容情報
北海道の荒野から生まれた野性そのままの農民仁右衛門.有島は西欧の宗教や思想とかかわりない主人公を題材としながら,まさにカインの末裔――神に追われた放浪者――を強力な筆致で作品化した.さらにキリストに嫁ぐ聖処女の内面を描く『クララの出家』.カインの末裔もクララも作者自身といわれる. (解説 小田切秀雄)
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
Willie the Wildcat
73
『カインの末裔』は、表題が暗喩するヒトが生まれ持つ悪徳と因果応報を問う。場主との対峙がもれなく転機、現実への目覚め。農場に来た当初の夢の再興を信じたいと思わせる最後の場面、旅立ち。表題ほど宗教色は強くない感。一方、『クララの出家』は宗教色を前面に出し、揺れ動く主人公の心情を描写。夢と現実を、来世と現世にそれぞれ置き換えてみた。最後の最後にすすり泣くクララ。それがヒトであり、宗教を求める理由付けなのかもしれない。両作品の共通項がこの心情の揺れであり、ヒトたる所以。過程の違いも同様ではなかろうか。2019/04/24
みっぴー
52
途中で挫折したスタインベックの『怒りの葡萄』を思い出しました。無慈悲な大自然により職も住居も奪われ、大地を放浪する一組の夫婦。運が悪いのか神の怒りを買ったのか、とにかく不運から逃れることが出来ない。信仰心篤い人なら試練と思って乗り越えられるのか、それとも信仰を失うのか…もう一作のクララの出家は、俗世を捨てて尼になることへの葛藤と希望を描いた作品。ジットの『狭き門』と似たテーマです。『カインの末裔』とは真逆の世界観で、幻想的な雰囲気。どうせならこの世でもあの世でも楽しみたいと思う私は、根っからの俗物。2017/02/04
Miyoshi Hirotaka
46
瀟洒な別荘や三ツ星のオルベージュがある羊蹄山麓も百年前は荒々しい大地。そこの農場に新参の小作人として入植した仁左衛門が「カインの末裔」に相応しい荒ぶる性格を発揮し、過酷な運命に見舞われる。暴力、姦通、酒、賭博。秩序を破壊する一方で赤痢で子供が死んだり、持馬が骨折したりという不幸や不運に襲われる。それはあたかも自然の猛威が人間を通してそのまま周囲に拡散するようだ。真、善、美は一つもない。私からたった三世代前の北海道はこんなにも荒々しく、貧しかった。私もまた「カインの末裔」、心の中にの悪の血を受けついでいる。2014/11/20
姉勤
35
聖書に登場する最初の殺人者であり、死という救済を赦されない流浪を運命付けられた人物、カイン。それを知らずに読むと、現代にもよくいる、横暴で直情径行な破綻者のカルマに伴う、不愉快な物語。恵まれた体躯と精力絶倫ゆえ口より先に手が出るが、持ち前の如才と行動力が、主人公の多少の快と多重な不幸を紡ぐ。生活苦から北海道に渡ってきた主人公夫婦は乳飲み子を抱え小作農となった。しかし生来の気性が周囲の反感と不信を招き、自身と家族に災いを呼び込む。多かれ少なかれ、利口に生きられない事は万人の苦。苦界は花魁だけの世界に在らず。2025/05/25
冬見
19
両作共にとてもよかった。「カインの末裔」落ちてきそうな曇天の空を、刺すような風の冷たさを、ありありと感じた。この地や場主など、抗うことすら許されぬ絶対的な強者の前に立つ、小さく無力な自分。小さな村の中では、その暴力性によって人々の口を噤ませてきた「強者」たる彼も、所詮は小さな世界に君臨する暴虐者でしかない。「クララの出家」しんとした厳かな決意を現実へ進行させてゆく少女。冒頭から一気に引き込まれた。クララという人間が凝縮されここに紹介されている。宗教画の如き処女の描写はその後の展開を暗示する。2017/12/05
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