出版社内容情報
老翁広成には何としても言い残さなくては死ねぬと思い定めたことがあった.斎部氏と中臣氏の携ってきた祭祀がいつしか中臣氏に集中している憤懣である.幸い平城天皇の召問を機に,国史・氏族伝承に基づきそれを「古語の遺りたるを拾ふ」と題して撰上した.時に大同二(八○七)年.記紀にない記載も含み研究史上多くの示唆に富む.
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
やいっち
41
語拾遺の訓読文、訓読文補注、原文、原文補注、解説と続く。 普通なら、訓読文を読みつつ、補注を随時参照する。が、あまりに補注が詳しく多く(← 必要だから当然)、訓読文を読み、そのあと、補注を纏めて通覧し……と、つまりは本書の構成通りに順番に読んでいった。悲しいから十分な未読など吾輩の力量を超える。あくまで日本の古典に触れたいという一心なのである。2019/10/04
双海(ふたみ)
5
古事記・・・。2014/01/21
ダイキ
4
何か読んでおきたいと思い、文量的に手頃なこれを再読しました。「天照大神、吾勝尊を育(ひだ)したまひて、特甚(おぎろ)に愛(いつくしみ)を鍾(あつ)めたまふ。常に腋の下に懐(いだ)きたまふ。称(なづ)けて腋子(わきご)と曰ふ。」、いつ読んでもこの一節には万感胸に迫るものがあります。2016/12/23
ダイキ
2
「天照大神、吾勝尊を育(ひだ)したまひて、特甚(おぎろ)に愛(いつくしみ)を鍾(あつ)めたまふ。常に腋の下に懐きたまふ。称(なづ)けて腋子と曰ふ。」、今回、再読してみた中で、最も感動した一節です。2015/07/27
ダイキ
2
「街港の談も猶取るべきこと有り、庸夫の思も徒には棄て易からず」、「彼の望祑の礼を制めずは、竊に恐るらくは、後の今を見むこと、今の古を見る猶くならむ」と、今から千二百年もの前に民俗学的悲痛な見地を持っていた齋部氏の卓見には感服せざるを得ない。この書には記紀等には無い幾つもの記述がある。たとえそれが齋部氏による文学であっても、私はその文学に神ながらの道を見た。神ながらの道の精神を以て描かれた荘厳なる神代の世界に、神ながらの道を歩まんとする私は感動せずには居れないのである。2014/08/21