内容説明
太平洋戦争末期、海辺の造船所で働く学徒動員の若者たち。主人公の剛二は、憧憬を抱く若い将校に誘われ、対岸までの遠泳に乗り出す。それは、クリスチャンの叔母が若くして身を投じた海だった…。自らの動員体験を素材とし、迫りくる「死」と「現実」の間で揺れる少年の葛藤を描いた未発表の自伝的小説。
著者等紹介
小川国夫[オガワクニオ]
1927年、静岡県藤枝町(現・藤枝市)生まれ。2008年4月8日、帰天。旧制静岡高校時代にカトリックの洗礼を受ける。1950年、東京大学国文科入学。53年、パリ大学に留学。この頃、ヴェスパを駆って地中海沿岸を旅する。56年に帰国し、留学と放浪の体験から生まれた『アポロンの島』(57年)が島尾敏雄から高く評価され、文壇で頭角を現す。以降、キリスト教作家、内向の世代を代表する作家と目される。86年「逸民」で川端康成文学賞、94年『悲しみの港』で伊藤整文学賞、99年『ハシッシ・ギャング』で読売文学賞受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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新田新一
20
内向の世代に属し、個性的な文学作品を描き続けた小川国夫の未完の中編。太平洋戦争末期に徴兵されそうになっている少年が主人公の物語です。海辺が舞台で、全編に渡って光に満ちた海の描写が散りばめられており、その美しさに魅せられました。重苦しい雰囲気があるのですが、ペンキを塗っている狸が急に喋りだすといった突拍子もないユーモアもあります。主人公にとって、海は未知の世界であり、恐怖の源泉でもあり、自分の無意識に通じる自然でもあるという重層的な描写が見事です。2024/06/30
kankoto
6
小川国夫の死後発見された未発表原稿で未完の作。久しぶりに小川国夫を読んでやっぱり好きだなと思った。肉体の表現とか(母や姉におぶわれた時や、溺れている所を副官に助けられた所や、犬の波打つ背中とか)。戦時中ということもあって「死」という存在がいつもまわりにあって、ときどき自分が自分でなくなるような風景そのものになるような感覚。未完であるので突然ぽーんと終わってしまうけれど投げ出されたような感覚はなくてしばらくその空気の中にいるような感じがした。 2013/08/25
バーニング
3
未完ではあるが未完であるがゆえに残す余韻を味わう。性の表現と肉体の表現が魅力的だが(終始暗く、重苦しい雰囲気にそれらは映える)少年の目線を通じているので際どくなりすぎないのがよかった。知りたいという気持ちと、目を遠ざけたいと言う複雑で繊細な少年の心の動きが非常に魅力的だった。2013/11/10
はなみずき
3
薄暗いどこか遠くのでも身近な風景を感じるようだった。日本人のなかの根っこのような感傷。ちょうどこの表紙のような風景。心の風合い。死を感じながら生活してゆくこの時代の、この年代にあるもっと得たい感情、優しさ、愛情、友情。細い線で隠れてしまいそうになってるのに、ちゃんとある。未完であるだけに、その先のなにかに想いを馳せた。。。。2013/09/29
まどの一哉
1
舞台のほとんどが港や島や船に限られていて、その描写は美しいが風光明媚といったものではない。昼も夜も主人公青年の心のままに、死に向かって近づいてゆく目で見た暗い色調を孕んだ世界だ。2023/07/05