出版社内容情報
23歳の若さで日本国憲法GHQ草案作成に参画し,現在の人権条項の原型を書いた女性の自伝。その後ジャパン・ソサエティ,アジア・ソサエティなどでアジアの文化をアメリカに紹介する仕事に携わり,西洋と東洋の架橋となったその生涯を記録。
プロローグ 再会―1945年12月24日
Ⅰ 焦土の日本に帰る
Ⅱ 父と母の町・ウィーン
Ⅲ 乃木坂の家の日々
Ⅳ 大戦下のアメリカで暮らす
Ⅴ 日本国憲法に「男女平等」を書く
Ⅵ 既婚女性とやりがいのある仕事
Ⅶ 新しい道 アジアとの文化交流
エピローグ ケーディス大佐と日本を訪れて―1993年5月
ベアテさんとの出会い―平岡磨紀子
参考文献
年譜
活動記録
内容説明
戦争と芸術と愛に彩られたエキサイティングな女性の生涯。
目次
1 焦土の日本に帰る
2 父と母の町・ウィーン
3 乃木坂の家の日々
4 大戦下のアメリカで暮らす
5 日本国憲法に「男女平等」を書く
6 既婚女性とやりがいのある仕事
7 新しい道アジアとの文化交流
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
kan
34
日本国憲法草案作成の舞台裏がよくわかる自伝。草案作成がこんなにもスピーディーに、少人数で行われたことが驚きだった。ベアテ・シロタ・ゴードンさんのユダヤ人としての生い立ちに加え、日本で育った偶然、語学力、留学先の米国から両親に会いに日本に戻るという目的、タイミング、欧米人女性として日本人女性を観察する視点と共感力、いずれが欠けてもこうはならなかったかもしれない、と思わせる運命的な巡り合わせに胸が熱くなる。民権はあるが人権の概念がない当時、特に女性の権利を入れたことは日本の社会規範や文化を鑑みると慧眼だ。2024/07/28
扉のこちら側
34
追悼。1945年、当時若干22歳で日本国憲法の草案作製に携わり、女性や子どもの権利について憲法に盛り込んでくださった方。数年前に来日された際に講演会とその後の座談会に参加し、お話を伺えたことが想い出。ご冥福をお祈り申し上げます。2013/01/02
ロマンチッカーnao
29
日本国憲法はどのようにつくられたのか、よくわかる本です。 今の憲法は、戦後、日本人ではなくGHQの民生局メンバーを中心に作られたものとは言え、日本とかアメリカとか関係なく、世界の中に平和で、男女同権であり、全ての人の人権が守られる民主主義国家を作るという理想に燃えてほぼ一週間不眠不休で作り上げられました。その過程は、ほんまに感動します。憲法改正について、賛成反対はあると思いますが、今の憲法がどのような想いを込めで作られたのもなのか。それを知っておくのは今の日本人には必要な知識だと思います。2018/01/19
ほんわか・かめ
16
22歳で憲法草案に携わることになったベアテ。オーストリア出身で両親はユダヤ人。戦時中は両親は日本に住み、ベアテはアメリカ留学と敵国として過ごすことにとてつもない不安があったことだろう。しかし、両親の消息を知るために得た仕事が日本の新しい憲法作りに繋がるとは!彼女は本当に行動派で知性も優しさもある。“人権”という認識がなかった日本で、女性がなんとか幸せに暮らせるようにと女性の権利を盛り込んでくれた。上司に反対され省かれた部分が悔やまれる。『夢見る帝国図書館』でベアテが資料を借りに来るシーンが思い出される。2024/08/08
kyoko
16
ベアテ・シロタさんは「婚姻は両性の合意のみに基づく」条文を入れた人だと思っていたが、読んでみると女性の地位向上の理念をしっかりと憲法に書き込んだ人だった。憲法案には入れていたのに「憲法にはそぐわない、民法にいれるべきだ」と却下された非嫡出子の権利とか働く上での男女平等について、法制化されるのに戦後50年かかったことを考えると、憲法の大切さを改めて思う。ユダヤ人で芸術家であった父を中心に、第二次大戦下のシロタ一家の数奇な運命も貴重な読み物だった。2018/10/31




