目次
1 大震災で蒲田に行けた
2 小津組キャメラ番の誕生
3 小津安二郎と蒲田の仲間たち
4 露出計もない修業時代
5 日本軍占領地に英国国旗ひるがえる
6 小津組の役者たち
7 お召列車に敬礼
8 「お釜」と「蟹」のロー・ポジション
9 真夏のロケ・ハン
10 ピーカンの光の中で
著者等紹介
厚田雄春[アツタユウハル]
1905年、神戸に生れる。東京芝で育ち、海城中学校卒業後、22年松竹合名社へ入社、24年松竹蒲田撮影所に移る。長い助手時代を経て、37年『淑女は何を忘れたか』の途中から撮影を担当し、以後独立。小津安二郎には『若人の夢』から茂原英雄の撮影助手としてつき、『戸田家の兄妹』以降、小津の松竹作品のすべてのキャメラを回した。51年『麦秋』でブルーリボン賞撮影賞、58年『彼岸花』でアジア映画祭撮影賞、62年『秋刀魚の味』で毎日映画コンクール撮影賞を受賞。72年松竹退社。92年12月死去
蓮實重彦[ハスミシゲヒコ]
1963年、東京に生れる。60年東京大学文学部仏文科卒。東京大学教養学部学部長、東京大学総長を歴任し、東京大学名誉教授。85年から88年まで季刊映画誌『リュミエール』の編集長をつとめた(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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yokmin
6
蓮実重彦による小津映画カメラマン・厚田雄春のインタビュー記。興味深い。小津安二郎の映画製作に手となり、足となり全力を尽くす姿には感動すら覚える。 厚田「(小津さんは)俳優でもぼくらでも、『巧くなくっていいんだよ』っていわれる。『熱心にやればその熱が出てくる。余熱がある。それさえあればいいんだ』って・・」2013/09/16
gongxia
3
小津さんがお亡くなりになった後のお通夜の話に涙が溢れる。2017/11/20
Gen Kato
0
松竹で撮られた小津映画の大半を手掛けたキャメラマン厚田雄春のインタビュー。ライティング・構図・カッティングの苦労など、撮影者ならではの視点で語られる、ものスゴい貴重な挿話の数々。とにかく面白く、むさぼり読んでしまった。2013/09/11
hata2
0
題名は「小津安二郎」だが、中身は厚田雄春による撮影の技術話。厚田氏は、とにかく昔の事をよく覚えていらっしゃる。芸談の行間から、小津安二郎氏との深い交流が滲み出てきて、ちょっと泣けてくる。2012/01/21
OraInuchan
0
通読7回目。2021/12/06